最もキャッチーなゲームの1つとして知られています。

この記事は、ボドゲ紹介 Advent Calender 2021 14日目の記事です。ぐらちゃん毎年取りまとめありがとう。いつも楽しく読んでおります。

前日は、まあやちゃんでした。まあやちゃんの記事はこちら
まあやちゃんは職人です。ボードゲーム周りの様々なものを作ってしまう様子を見て、いつも感心しておりましたが、その一つである自作和訳のあれこれについて語ってくれています。めちゃくちゃ勉強になる。普通に仕事とかにも使えそうな技術もあるので、要チェック!



また、この記事を書くにあたって前日譚も書いてます。もしよかったら一緒にどうぞ。


ということでね、紹介していきましょう。

私は、重いゲームが大好き人間と思われがちですが、パーティーゲームも大好きです。


ボードゲーマーの皆様におかれましては、元々ボードゲームが好きな人と遊ぶことが多いと思います。私もそうではあるのですが、たまに家族や会社や友人など、ボードゲームを遊んだことがない人と遊ぶようなことがあります。その際に必ず出すゲームがこちらです。





どきどきワクワク相性チェックゲームです。

怪しい箱絵



英語のタイトルはCompatibilityで、意味は適合、互換性などです。スッとしてるね。
日本語のタイトルどうした??????
ちなみに箱絵もなんか違うよ。


(また、前日譚読んでる人は候補は!?と思うと思いますが、力量を鑑みてこちらになりました。ごめんね。)






さてさて、タイトルから嫌煙したくなると思いますが、ところがどっこい!
ちゃんとゲームとして面白いのです!



ルールは簡単。このゲームはペア戦です。ペアで勝つことを目指します。

まず、自分の色のカードのセットを受け取ります。
トピックカードはシャッフルして所定の場所に置きます。

セットアップ




カードの中身は以下のように、写真や絵や色だけのものから文字まで多様です。
このようなカードを53枚受け取っています。

カードたち


全員カードセットを受け取っていますが、中身は全く同じです。


ペアの相手とコマをくっつけて、スタート地点に置きます。まるで二人三脚だね。

かわいい



いよいよゲームスタート!!

適当に決めた親が新しいトピックカードをめくり、サイコロを振ります。

トピックカードとサイコロ

この場合、サイコロの出目が1なので、今回のトピックは『平和』です。



各プレイヤーは、このトピックにふさわしいと思うカードを秘密裏に選びます。
枚数は、自分たちのコマがいる場所に書いてある数字の分です。
スタートだと5枚だね。



そして、トピックに最も近い!と感じるものがどちらか分かるように並べます。
今回は左が1番近い、ということでいきましょう。

「平和」なカードたち



もう分かってきましたね???

そう、これは、ペアの相手とどのくらい感性が近いかを競うゲーム!!!!



全員が選んだら1枚ずつめくっていきましょう!どん!

1枚目は・・・


違うやん!!!!あ〜でも分かるわね…どっちも平和っぽいわね…



じゃあ2枚目!!どん!!!

まさに平和


2枚目は一緒だ〜〜〜!!!!!!うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

平和といえば、幸福だよね、わかる。



といった感じで、全部公開していきます。他のペアの人たちも公開してこんな感じに。

「平和」たち


こうやって公開すると、ペア以外でも気が合う人が見つかってきます。それを話すの楽しいね。


そして、得点計算。
完全なマッチ:順序もカードもマッチした場合は、3点。
不完全なマッチ:銃所は異なるが同じカードが含まれている場合2点。

得点分、コマが進みます。
コマが進むとどうなるかって?



マスの数字が変わるんじゃ!!!!!

絶望を感じる


ゴール直前になっていくと数字が小さくなり、1枚のマスがあるので大変です。

早くゴールしたペアが勝ち!!!


トピックカードも様々です。先程の平和のようにわかりやすそうなワードもあれば、以下のようなちょっとむずかしいカードも。

思わず意味をググってしまう


また、ファンタジーなトピックも!!!!!!!!

なんで鬼だけ形容詞ついてるん?


どこに出しても間違いなし!!
会社でも家族でも友人でも盛り上がりました。


これはパーティーゲームによくある、人々の感性の違いを楽しむゲームの1つだと思うんだけれど、楽しいところは、ペアの相手と向き合っていくと、この人はこれを出すだろうから、これを入れておこうと相手に合わせることが出来る点。

でもそれが逆に働いてしまって、お互いに相手に合わせようとした結果すれ違うことも。


仲良しの相手とペアを組むのも良し!!
まだ良く知らない人とペアを組んで、これをきっかけに仲良くなるのも良し!!!!


あんまり流通してはいないけど、買えなくはないぐらいなのでぜひ探して遊んでみてね。

おばさんのカードが好き(有名な料理家らしいよ)



以上、アドベントカレンダーの記事でした。


明日は、蒸気の時代というボドゲに取り憑かれてしまったしいたけの番です。2,3時間かかるゲームなのに週2,3で遊んでらっしゃる。1つのボドゲをあれだけ愛せるなんて本当に素敵!


では!

アドベントカレンダー…?

この記事は、ボドゲ紹介 Advent Calender 2021 14日目の記事ではありません。
その前日譚となります。



皆さん、このコロナの中でオンラインでボードゲームを遊ぶ機会が増えたと思います。私もその一人。


私は特にこのタイミングで関東から九州へ引っ越しをして、大勢の関東のボードゲーマーと会える機会が減ってしまったということも相まって、オンラインでよくボードゲームをしています。

オンラインが良い悪いとか、賛否両論あると思うのですが、そういう議論はちょっともう置いておいて、オンラインで出会った最高のゲームってあるよね!



今日はその最高にキャッチーなゲームを紹介したいと思います!!!!



こちら!!!!!!




・・・?





残念ながら、アドベントカレンダーまでにキャントストップ・エクスプレスをご用意することができませんでした。




私のキャントストップ・エクスプレスは今ここにいるの…

私のキャントストップ・エクスプレスの現在地


荷物の追跡を見ると、ワクワクするのでおすすめです。



オンラインでよく遊ぶけど、現物を遊んでこそだと思うし…それを紹介するのはちょっと…。


キャントストップを紙ペン方式にした上でダイスが増えて、より難しいけどスーパーキャッチーな最高のゲームだよ。早く現物で遊ぶのが楽しみだ!よろしくね!



ということで、アドベントカレンダーに書くゲームをどれにするか選ばなければならない…!

候補の面々を見てみよう!


候補の方々

ブルーラグーン:ライナー・クニツィアの最高の陣取り系。超アブ。

ギンコポリス:最近再販されたドラフト&エリアマジョリティ&カードで強くしていくぜ

ミクロマクロクライムシティ:絵の中から事件の手がかりをさがせ!

どれも最高のゲームですね!!!


果たして…結果はいかに…!

つづく。

呪術廻戦の好きなところ

この記事は呪術廻戦13巻までのネタバレを含みます。

  

  

   

  

  

  

  

  

   

①強さがインフレしないところ

今まで色んなバトル漫画を読んできた。どれも好きな作品ではあるのでそれらを否定するわけではないが、バトル漫画において強さというものはインフレしがちである。物語を続ける以上仕方のないことではある。例えばドラゴンボールでは、史上最強の敵だと思われたフリーザの後にセルが出てきてそれに対抗するためにまた地球人(とサイヤ人)は更に強くなった。(なお私はセル編も大好きである。ここは未来との兼ね合いがあり、魅力的なキャラクターもいる。ここでは否定ではなくただの例と受け取って欲しい。)

バトル漫画はバトルが肝だが、強くなるという描写が難しく、そこを面白くする必要がある。更に強くなったと思っても、更に強い敵や仲間が出てくるという展開は、ワンパターン化してしまう可能性が多い。

その点、呪術廻戦では、強さの上限が明確に示されている。五条悟だ。今まで序盤からいる強い人が、作中最も強いキャラということは体験したことがない。物語の幅がそこで決まってしまうからだ。最初から描ける物語の箱が決まってしまう。しかし、呪術廻戦はこの箱の中を描くことでむしろ面白さを引き出している。読者が強さということを把握しやすいことで、考察や物語の先を予想しやすくなる。しかも、それを、2巻の五条悟vs漏瑚で示している。無量空処という最大の技まで見せている始末である。こういう作中最も強いキャラの最も強い技というものは、出すまでに時間がかかるものだった。こういうものが最も強いということですよということを技まで見せることで、上限というものを明確に読者が理解できた。なお、宿儺についても五条悟の方が強いと言っており、漏瑚もその宿儺の指何本分という発言まである。強いキャラがどの程度強いのかも分かっている。その分、主人公やその周りがどの程度成長できるのかも楽しみにできる。

そして、なんと言ってもその最強の五条悟が封印されるという物語。これにより、他のキャラが自由に動け生きてくる上に面白い。五条悟がいなくなると日本終了という旨まで明言されており、五条悟の強さのスケールが大きい事による壮大さも面白い。面白すぎる。

因みに封印される前に五条悟の過去編を描いたことも素晴らしい。あれがなく封印されていると、五条悟はただの強い人であったところ。過去に親友を失った闇を抱えている人であることもきちんと描いてくれたことにより、魅力が増した上に話の重さも増したと思う。(別件だが、過去編では夏油の闇堕ちまでの描写が素晴らしすぎて、私が呪術廻戦にハマったのはここからとも言える)

②コマ割り

演出やコマ割りが良すぎる。お手元に単行本を用意して読んで欲しい。

例えば、以下。

8巻第63話共犯。初っ端から虎杖と野薔薇が向き合うようなコマ割りで話が進んでいく。そして最後にタイトルである共犯というところに集結して、そのコマ割りが終わる。なんとも美しい回である。そしてここは野薔薇の優しさが出ている会話でもあり、非常に痺れる。しょうがなかったじゃんと慰めるのではなく、共犯ねと言える。愛してるよ、野薔薇ちゃん…

コマを貫通する描写。6巻第48話黒閃。ここの黒閃を出す前の虎杖。集中して唾液?血?が垂れているがそれでコマを割っている。また、7巻第60話起首雷同ー陸ー。壊相のバチ殺し!!のシーンで羽根から血が垂れている。

見開き。素晴らしい見開きが多い。これは漫画ならではだと思う。ページをめくった瞬間に訪れる迫力というのは、漫画を読んでいて最もワクワクする瞬間と言っても良い。
また、呪術廻戦では、その見開きという見せ場を引っ張らずに、おっ来るか?きたー!!!って感じでサクッとやってくれるのも読んでいて心地よい。以下好きな見開き。特に好きなものは✩。

・2巻第14話急襲。無量空処。もはや言うところがないけど本当にテンション上がった。
・4巻第27話もしも。ゲラゲラ。他にも技とかの見せ場あったような気がするけど、真人と宿儺が虎杖をゲラゲラ笑うシーンを見開きにしてくるという意地の悪さ。これにより相当馬鹿にされたことがわかり、ムカつくので、見せ方として面白い。
・5巻第37話京都姉妹校交流会ー団体戦④ー。全力で導く。東堂がキモくて最高。キモさが伝わってくる。
・5巻第43話京都姉妹校交流会ー団体戦⑩ー。花御が出てくるところ。ヌッて感じで出てきて怖い。
✩7巻第61話起首雷同ー漆ー。黒閃。シンプルに異常にかっこいい。今後のアニメで最も楽しみにしているところの一つ。
✩8巻第68話懐玉ー肆ー。夏油がおじいさんと戦うところ。まずはここは見開き前から。突然犬が出てきてびっくりのところが面白い。それが走馬灯だったという。そして夏油見開き連続。ここは夏油が決して弱くないことが強調されている気がして、その後の話にも良いスパイスを与えていると思う。
✩11巻第89話渋谷事変⑦。領域展開無量空処。この見開き領域展開〜299秒で鏖殺まで全てが好きすぎる。ナレーションで色々サイド情報を入れてくるところが、ハンターハンターのよう。とっても好きです。


③存在しない記憶と東堂葵

存在しない記憶とは、1回目交流戦で東堂に起こった現象。東堂の脳内に虎杖が昔からの親友というような記憶が流れ、突然親友だと思い込み始めた。しかし、この場面では東堂がキモいから起きたことだと読者は思ったはず。
しかし、2回目。脹相お兄ちゃんにも起こってしまった。脹相が東堂のように気が狂ったキモい人ではないのは明らかであり、虎杖に付随する何かだと思われる。

虎杖は真っ直ぐで良い子だし主人公なのに、まるで悪役のような洗脳っぽい能力を、本人が無自覚で使えているのは明らかに今後虎杖が落ち込む要素になるので辛い。しかもこれについて、宿儺は?って言ってたので、宿儺の術式でないことも確か。
こうなると虎杖って何者?ってなって1巻の両親がどうのこうのとか気になってくる。

主人公にこんなやばい能力があるってこともやばいけど、物語の描き方として、東堂がキモいからやばい主人公の能力を能力として把握出来なかったという事実があまりにも面白すぎる。

因みに東堂葵がいると物語が面白くなるとまで言われている。交流戦でも、ブギウギをブラフで使うところや高田ちゃんが脳内でアドバイスしてくれるところなどが面白すぎた。

このように作中人気のあるキャラではあるが、存在しない記憶の考察を始めようとすると、必ず東堂の存在がノイズになってしまい、わかりづらくなってしまう。それも面白い。

他にもたくさんあるけれども、主によく言っている3点にまとめてみた。
今後の展開も楽しみである。

私が五条悟を好きな理由

私が五条悟を好きな理由

この内容は呪術廻戦の単行本13巻まで(0巻含む)のネタバレを含みます。

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五条悟は最強だ。それは生まれ持った才能によるもので、逃れられない運命のようなものだ。呪術廻戦の能力は、ほぼほぼ生まれ持った才能に左右される為、五条悟はこの能力を持って生まれた以上、呪いと戦う運命と言っても過言ではない。

五条悟は最強だ。最強とはどういうことなのだろうか。誰よりも強いということである。誰よりも強いと全て解決するのではないか。いや、解決しない。

五条悟は、自らの脳も常に回復させられる。それはつまり常に戦えるということだ。

しかし、それでもなお全ての人間を救うことは出来ない。それは、考えたらわかることで、五条悟が1人強くても世界中の呪いを瞬時に祓えるわけではない。五条悟は誰よりも強いが、1人の人間であり、救える範囲には限界がある。そして、その範囲ということだけではなく、相手の気持ちということもある。親友を失った後に本人が呟いている通り、「他人に救われる準備がある奴」しか救えない。

七海が「もうあの人1人で良くないですか?」と言った。そのくらい強く、そのくらい皆が頼りにしてしまう人だ。本人も最強であることを自覚している。時々いないことを鑑みても、実はかなり仕事をしていると思われる。それでもなお、限界がある。にも関わらず、五条悟が助けてくれる、五条悟が何とかしてくれる、という期待が呪術師全体に生まれてしまう。最強ということは、そうやって期待を背負ってしまう。期待があるということは、何かあってもし失敗してしまえば、五条悟のせいにされてしまうということだ。五条悟の責任が重すぎる。

冒頭の通り、五条悟が最強なのは、生まれ持った才能によるもので、逃れられない運命である。そのせいで、ここまでの責任を負わされているのである。

それはとてつもない理不尽さを感じる。

一歩間違えたら、五条悟が呪詛師になってしまう未来もあった。それは、理子の死後に教団でコイツら殺すか?と言ったところでの危うさを見れば、感じたことだろう。その時に止めた夏油の方が呪詛師になってしまった。親友が呪詛師になってしまった。最強なはずなのに、親友を救うことが出来なかった。そこで自らは最強であるけれども、救えない人がいることに気付いてしまった。その無力さから、五条悟は自分くらい強い人間を欲している。だから教師をしているのだと思われる。もしも、夏油傑が呪詛師になっていなかったら、教師にはなっていなかったのではないだろうか。皮肉なものだ。

最強であるが故の辛さ、理不尽な運命、不憫さ、そこに対して五条悟は、一度も音を上げず、ただただ戦っているのだ。

この戦いは、孤独だ。親友も失い、志を共にするような人はいない。どうしてそこまで頑張れるのだろうか。最強である彼にとっては、もしかすると苦ではないのかもしれない。飄々とした性格もあって、常に余裕に見える。それでも、時折見せる孤独感に胸が締め付けられる。胸の奥底には、この逃れられない運命に負けてたまるかというような想いがあると私は感じる。

五条悟の一人称が現在は”僕”である。それは夏油に注意されたからである。使い始めたのは、夏油が高専から居なくなり、自らの無力さを知った後からである。これは、元々は親友への愛や弔いの思いからだと思うが、私は五条悟は”僕”と言う度に夏油のことを思い出してしまうのではないかと思う。そしてそれはイコール自らの無力さを思い出してしまうと思う。まるで呪いのように。

五条悟はずっと自らの無力さと戦っているのだ。最強だからこそ感じる無力さと。

それなのに、最強だから対策される。最強だから隔離される。最強だから……。最強であることが繰り返し強調される。最強だからこそ出来ないことがある。理不尽であり、あまりにも不憫すぎる。敵の姿が殺したはずの親友だった。こんな辛いことがあってたまるか。そんな酷い対策までされてしまうのだ。五条悟1人が強くても駄目なのだ。

人間離れした能力を持っても、五条悟は1人の人間だ。親友を救えなかった自らを悔やみ、その無力さと戦い生徒を育て、そんな中親友の姿をした敵に会って心を乱されてしまうなんて、人間臭すぎる。あまりにも心が人間味溢れている。

私は彼のそういった精神が大好きだ。

性格以外が完璧と言われる彼は、こんな人間いるかと思うぐらい、全て完璧だ。それでも1人の人間なんだ。

負けないで欲しい。自らが最強であるということに負けないで、どうか戦い続けてほしい。その理不尽さに負けないで欲しい。五条悟自身が戦わなくても、彼が育てた生徒が勝てば、それは五条悟の勝ちと同義だ。負けないで欲しい。皆で勝って欲しい。

SSSS.GRIDMANを観た(ネタバレしかない)

SSSS.GRIDMANを観ていてどこかでメタ的な要素が出てくる気はしていた。私は元々メタ要素が好きだ。というのは、概ねのメタ要素とはキャラクターがこちら側を意識することにある。それにより、ここではないどこかにその世界があることが逆に浮き彫りになるようで、現実のような気がしてくるからだ。そういった作品と出会ってきた。

しかし、新条アカネは我々と同じ現代の人間だ。(という風に私は解釈をした。)そうすると、新条アカネはオタクであり、妄想で世界を作ったことになる。

私は、腐女子であり夢女子であるので、ずっと二次創作をしてきた。その中でも、夢女子として、特定の二次元のキャラクターと恋をする夢小説を書いてきたそれは、本作の新条アカネに近い。

新条アカネが嫌いだった。ずっと上辺で話してる良い子のふりをした女の子だと思っていたし、人殺しを平気ですることも、仕草全てが許せなかった。今もそういった動作を見ると、憎しみが湧いてくる。

ただし、もう今は嫌いではない。

何故か、女の子が書く夢小説の主人公は、性格がとてもよく誰からも好かれる類のものが多い。作られた良い人間である。好かれたいキャラクターから好かれるような要素がないと、現実味がないこともあり、素敵な人間でなければならない。それに自分の名を語らせるものの、何か理想像があるようにも思えた。その作り物の主人公と新条アカネが似ている。そして、その夢小説を書く人間=世界を作る人間=新条アカネなのである。

だから、私は新条アカネを嫌えない。新条アカネは私だから。

今まで、設定として作った女友達、家族、男友達、先生…。そして、死なせたキャラクターまでいる。その世界が本当に存在しているとしたら、どういうことになってしまうだろうか。

新条アカネは、きっと退屈だった。そして、妄想の中で救われた。その想いは、持っていける。新条アカネが妄想の中で苦しみもがき、そして救われたように、私たちは妄想で救われて良いのかもしれない。

EDMという名称に違和感がある理由

はっきり言って私は音楽のジャンルにはうるさいほうだとは思う。ジャンルというのは曖昧ではっきりとカテゴライズ出来るものではないが、あると便利。そもそもこういう話をするのが楽しいし、ジャンルがあると音楽発展の歴史への理解も深まる。ようは楽しむためのツールの1つだ。

そういうことなので、うるさいとはいえど何も否定していないことは理解してほしい。

(ここから先のことは専門家ではないものが書いてますので、多少の誤りがあっても許してください)

まずはクラブミュージックを非常に簡単に説明する。クラブミュージックとは、ナイト・クラブでのダンス文化の中から発生したダンス・ミュージックの総称だ。

クラブミュージックの歴史を全て語ることは出来ないけれども。クラブ(もしくはディスコクラブ)を中心し様々な文化的要素を含みつつ、DJが生まれたり、音楽の電子機械な登場などがあり、発展してきた。

戦時中に生演奏が難しくなった状況から、生の演奏ではなくレコードを流して楽しむディスコクラブという場所が生まれた。その後、アメリカでゲイの方々を中心に様々な音楽が混じりあったディスコクラブが発展してディスコが生まれた。

そして、技術の発展により音を奏でる電子機械(シンセサイザーなど)が現れ、ディスコを元にしハウスやテクノが発展していった。

代表的なハウス曲

Frankie Knuckles – Your Love https://youtu.be/zl6uliNCkUU via @YouTube

※ハウスの語源は当時のディスコクラブ「ウェアハウス」から来ている

代表的なテクノ曲

Rhythm Is Rhythm – Strings Of Life – 1987 https://youtu.be/rFQZndywOR4 via @YouTube

※ハウスの後に色んな新しい試みを追加したみたいなジャンルなので、今の音楽においてハウスとテクノの聴き分けは困難

ここまで聴いてもらって分かると思うけれども、特徴は電子音、4つ打ち、繰り返しみたいな感じだと思う。

そして、ハウスやテクノという大きなジャンルから派生ジャンルが沢山生まれた。ハウスで言えば、アシッドハウス、テックハウス、ディープハウス、プログレッシブハウスなどだ。ハウスとついているので分かる通り、元々のハウスの基本要素を引き継いでいる。

テクノで言えば、ミニマルテクノ、ハードコアテクノなどなど。

例としてハウスの派生ジャンルを以下に書く。

アシッドハウス

PHUTURE – ACID TRACKS (1987) VINYL https://youtu.be/igNBeo3QSqc

※元々の発生は、1987年、シカゴでDJ Pierreが『Acid Trax』を製作した時、古いアナログシンセサイザー「ローランド・TB-303」のツマミをランダムに動かすことによって偶然生み出されたサウンドが、あたかもアシッドすなわちLSDの幻覚作用を思わせる幻想的なサウンドであったために、この名前がついたといわれている。(Wikipediaより)

この発生の曲が上の曲です。このサウンドとは曲中のびよびよした音で、ちょっとサイケデリック。

ディープハウス

Mr Fingers Mystery of Love https://youtu.be/CvUp3P9sLO4 via @YouTube

緩やかに展開していくのが特徴で、派手な部分は一切ないんだけど、その感じが心地よいっていうジャンル。段々と深みにハマる感じ。

プログレッシブハウス

Leftfield – Not Forgotten https://youtu.be/Pwvxtg1_zAs

ハウスの派生ジャンルの中では比較的新しい。プログレッシブという意味の通り、今までやったことないことをやろう的な。なので音的な特徴を捉えるのがちょっと難しいけれど、今までのハウスよりよりごちゃごちゃしてるみたいな雰囲気でも構わないと思う。

そういった風に、ジャンルは発展してきた。しかもジャンル名にはきちんとした由来があるし、音的な特徴もジャンルで表していることが多い。元ジャンルの名前にプラスしてつけられることも多い。

更にハウスは発展して、ジャングル、ガラージ ハウス、UKガラージ、ドラムンベースなどが盛んになる。この辺から4つ打ち…?といった感じがしてくる。

2step(UKガラージの派生)

Craig David ft Artful Dodger – Re-Rewind https://youtu.be/cUYgNEwD3gQ via @YouTube

リズムのノリの重点が二つ以上あることから、『二つのステップ』=2ステップと名づけられた。具体的には、1小節の中のキックドラム(以下キック)の1拍目と3拍目が強調されており、キックやその他ドラム、ベース等の位置がこれまでのジャンルのようにハッキリせず、フレーズごとにズレたようなサウンドを奏でる。(Wikipediaより)

※2step大好きなのでここだけは紹介したかった。

そういった中、2000年代では複雑化した音楽ジャンルと、新しい音楽の出現が過剰だった。上記のなんちゃらハウスファミリーを聴いても分かる通り、音楽は正直真似から始まる部分も多いと思う。ハウス作ってみたけど、自分要素加えよみたいな感じ。そんな風になんかこの新しい感じのリズム真似しようみたいな感じで多分ジャンルは発展していった。もちろんそれは、ハウスやテクノの仲間もそうだし、そうでないものも。代表的なのはこちら。

トラップ

Baauer – Harlem Shake [Official Audio] https://youtu.be/qV0LHCHf-pE

ヒップホップ派生でトラップというものが生まれていたが、それが段々とエレクトロニックになってきた感じ。そちらのヒップホップ側と区別した呼び方もあるにはあるけど、全く流通してないと思う。

ダブステップ、ブロステップ

ダブの元を辿るとレゲエになる。そのダブとUKガラージが合わさったみたいな感じでダブステップが生まれた。

Kode 9 & Spaceape – 9 Samurai https://youtu.be/WaU-pnassYM via @YouTube

但し、ダブステップと言うとこういうベースがぐぎゃぎゃぎゃぐわーんって言ってるやつをイメージする人も多い。

Skrillex – Scary Monsters And Nice Sprites (Official Audio) https://youtu.be/WSeNSzJ2-Jw via @YouTube

これを区別するためにブロステップと呼ぶ流れもあったりする。

ダブステップと似た流れのルーツとしてはグライムもある。

UKガラージとダンスホールレゲエとヒップホップを混ぜ合わせたようなジャンルでUK発だ。音はダブステップに似てる部分もあるけれども、ラップが入る。

Pay As You Go Cartel – ” Know We ” https://youtu.be/UiCQnQ6xtRQ via @YouTube

そして、プログレッシブハウスにしてもプログレッシブハウス内で更に進化を遂げていた。

Avicii – Levels https://youtu.be/_ovdm2yX4MA via @YouTube

(他にもジューク/フットワークとかジャージークラブとか本当に沢山のジャンルがある。)

見て分かる通り、色んなジャンルの音楽が複雑に混ざり合っていっていき、新しいジャンルが生まれている。

そして、環境の変化として、クラブがマイノリティーの遊び場だった時代から変化していた。マイノリティーだけの場所ではなくなっていた。更にメインストリームであるポップスの有名な歌手でも上記のようなサウンドを取り込む。コラボなんかも盛んになってきた。

そんな時代にEDMという単語が出てきた。私が初めて観たのは、Deadmau5(デッドマウス)の記事を読んでからだ。EDMとは、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの略だと言う。

えっと思った。というのは初めて見る音楽のジャンルを表していると思しき単語が、今まで紹介した既存の音楽ジャンルを大量に包括して表現する言葉だったからだ。

エレクトロニックと言うと、電子のという意味なので、電子音楽をイメージする。シンセサイザーやシーケンサーを用いた音楽だ。そこにダンスと来る。ダンスミュージックと言えば、踊れる曲だ。これは複数ジャンルを包括する踊れるなら何でもダンスミュージックとすら言える。

今までのクラブミュージックを全て表すような単語にしか見えない。しかも、今までのジャンルの名付け方とも違う。(何故頭文字…。)

そうやって当時は非常に困惑したが、ジャンルではなく、色んな音楽を表した呼び方なんだと解釈していた。ただ、今では1つのジャンルのような呼ばれ方をしている。

EDMと言うと、なんとなくビッグルームハウスが多い。でも、上記で紹介したトラップのBaueerもブロステップのSkrillexもみんなEDMと呼ばれたりする。なんとなく皆クラブミュージック内のメインストリーム的なやつをEDMと呼んでるっぽさがある。EDMとは一体なんなのか。言葉の通り捉えると、イコールクラブミュージックとすら言えるけれども、所謂テクノはEDMっぽくは感じない。

今までジャンルは元ジャンルの名前をつけてることによるリスペクトがあったし、これまでの流れとかも汲んだ上での名前だったし、そのジャンルが何故生まれたのかとか、どういった音なのかとかのアイデンティティーみたいなものがジャンル名に表されていたと思う。

違和感があるのは、そういった過去の音楽ジャンルの歴史を無視したように感じること、ジャンル名が何を言いたいのか分からないことだ。だって名前からは今までの色んなジャンル全て含まれるように聞こえるのに。出身が違うけれども、なんか流行ってるやつみたいな印象すら受ける。

でもジャンルって誰かが決めるわけじゃないし、最初の人は大きな音楽の総称として使ってたのに、いつのまにか今みたいな特定の音楽を示すようになったのかもしれない。

多分私が最初にクラブミュージックとはと語ったレベルでの非常に大きな音楽の総称になっているのだろうとは思う。

別にEDMと呼ぶのを否定するわけじゃない…!本当に。今やそう呼ばざるを得ないとも思う。ただし、こういったことがあるんだなあと知ってもらうとより色んなことが楽しくなるかも。

All Time Best 100 Songs(100〜90)

生きてきた中で好きな曲100曲をまとめることにした。1が1番好きな曲が来るようにしましたが細かい順序はそこまで考えてない。まずは、100〜90。この辺は思い出って感じ。


100. 浜崎あゆみ – A Song for XX

初めてもらったお小遣いで買ったものは、浜崎あゆみのCDだった。その後も、毎年クリスマスプレゼントは浜崎あゆみのCDだった。もう売ってしまったけれど、私の音楽はここから始まっている。こんなギャルみたいな人がこういう歌詞書くのやっぱり好き。

99. Fall Out Boy – The Take Over, The Breaks Over

高校時代の青春が詰まってる。FOBは高校の時大好きでカレンダー買って飾ってた。ボーカルのパトリックのことが本当に大好きで、高校の友達にも聴かせていた。声がほんとうに良い。この曲入ってるアルバムは本当に沢山聴いたなあ。

98. Mariah Carey – Emotions

この時代の最高のディスコソング。ホイッスルボイスもすごい。いつまでも色褪せない歌姫の曲。マライアキャリーと言えば、多分クリスマスの曲が1番聴いたことがあると思うけれど、この時代の時のマライア本当にすごいので聴いてほしい。

97. PSG – 愛してます

PSGはPUNPEEとSlackとGAPPERのヒップホップユニット。PとSの2人は兄弟でそれぞれラッパーとして活躍してる。気だるいけどトラックとフロー。これこそPSGの真髄。リリックが好き。音楽を愛していて、失恋したことがある人なら誰でもグッと来る部分があると思う。

96. Toby Fox – ASGORE

Undertaleより。とにかくUndertaleというゲームをやってほしい。ストーリーがないとこの曲単体については語れない。Undertaleは簡単だし、やりやすいRPGだよ。生きてるキャラクターに会える。

95. Avril Lavigne – Complicated

Avrilから洋楽を聴くようになった。だから今の私がある。

94. tofubeats – ディスコの神様 feat. 藤井隆 (Carpainter remix)

tofubeatsはキャッチーなメロディー作るのが上手い。あと、すっと入ってくる歌詞。この曲はそこにCarpainterという踊らせる天才がリミックスだ。これこそディスコの神様なんだよ。

93. flava D – Closer(feat. Miss Fire) [Roska’s Too Close Mix]

ベースラインハウスが好き。(ハウスだけど、ベースラインでメロディーあるところがあるみたいなジャンル、こんな適当な説明だと怒られるかも…)UKのクラブシーンは渋くて良い音で溢れている。こういうのは良い音が出せる環境で聴いてこそだ。良いヘッドホンとオーディオI/F買って聴いてみてほしい。

92. Frédéric Chopin – ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作

最後のピアノの発表会で弾いた曲。映画「戦場のピアニスト」で劇中で使われた曲。この映画を観てからずっと弾いてみたくて猛練習した。とてつもなく悲しいけれど美しい曲。

91. Destiny’s Child – Independent Woman Part 1

伝説の女性グループ。ビヨンセはみんな知ってるけど、Destiny’s Childは知らないなんて今じゃあるのかな。ビヨンセは、Destiny’s Childというグループでデビューしてからソロになった。だから、Destiny’s Childは最高。というか全盛期のメンバー、ミシェルとケリーだって最高なんだから。この曲が最高なところは、女性の自立について歌っているところでこの3人が歌うと説得力が半端ない。そもそもイントロが痺れるほどかっこいい。

90. Eminem – Lose Yourself

もうかれこれ10年この曲を歌うのを練習しているので、好きとか嫌いとかじゃなくて、染み付いています。最近色んなラップ聴くと、エミネムはオールドスクールだなとか思うけど、でもやっぱり新曲とか聴くと心が躍る。だって、ラップのうまさが心底以上。全てのワードのアルファベットの発音が異常にクリア。ラップやる為に生まれてきた人なんだろうなと思うから、何しても憎めないし、かっこいいと思っちゃうよ。


今回は以上。有名な曲プラス懐メロばっかりになってしまった。

SAKANAQUARIUM2019 (834.194) 6.1ch Sound Around Arena Session

サカナクションのライブは9年ぶりだ。9年前はどちらかというとバンドサウンドをよく聴いていたけれど、今はダンスミュージックのほうがよく聴く。それでもやはり好きなものは好きだ。

9年の間、ずっとサカナクションを追っていたわけではない。音源は聴いているけれども、毎晩GO TO THE FUTUREを聴いていた頃とは違う。

だから、ライブを待ってましたというわけではなかった。今回ライブに行こうと思ったのは年末にNHKでサカナクションのライブをやっていて観たらあまりにもよく、その後にライブの発表があったので即申し込んだ、という経緯だった。

日にちが近づくたびに曲を聴き返し聴いていなかった曲も聴いた。楽しみと同時にライブが人が詰めてくる感じがあまり得意ではないので、スタンディングの幕張という不安もあった。そして、トイレが混んでおり行けないまま会場に入ることになり、全部聴けないかもしれないと思った。

会場に着くと一面が青の深海のような空間だった。そして、始まると全ての不安を忘れた。

セプテンバーを歌う山口一郎。ステージを見てもいない。映像かと気づいた。そのまま834.194の映像が流れて、幕が開く。あまり覚えていないが、彼はステージに背を向けて両手を上げていた。そこに差すライトの光が、あまりにも神々しかった。

アルクアラウンド

何度も聴いたイントロのコードが聴こえた。あまりにも澄んだ混じり気のないシンセの音が優しく鼓膜に入ってくる。こんなに大きな会場で、ヘッドホンで聴いているような音がした。

Bメロのお決まりのクラップを鳴らす。踊らずにはいられない。

夜の踊り子

間髪入れずに来る。サカナクションのライブは曲間の休みがないのが心地良い。このイントロがすき。強制的に盆踊りしてしまう感じ。アウトロも最高だけど、1番好きなのは「雨になって何分か後に行く」の部分が永久に聴けそうなぐらいに感情が押し寄せてくる。

陽炎

本当に最高な曲なので、うわ来たと言って即踊り狂った。そして、ららら合唱。初っ端から3曲踊り狂う曲で、長袖で来たことを後悔した。押し寄せたりしておらず、パーソナルスペースはあるので、踊りまくれてよかった。

マイノリティ

新曲です、という前置きありで始まった曲。1番は聴くしかないが、これまた最高で、2番ではマイノリティマイノリティというコーラスを皆言っていた。

Aoi

この曲サカナクションの中でもかなりバンドサウンドやなという感触。ライブで聴くとギターの見せ所があって、良い。

さよならはエモーション

最初から最後まで死ぬほど音が良い。イントロの繊細なドラムの音が優しくて気持ち良くてしょうがなかったところに、最初のサビが終わり、ギター入ってくるところが鳥肌。どの音色と言えばいいんだろう、私はこういうギターが大好きです。掻き鳴らすのではなく、優しいギターがすき。泣いた。ラストの合唱がエモーショナルすぎる。

ユリイカ

スーパー音が好きすぎるタイム。曲の歌詞が〜とか、メロディーが〜とかよくみんな話すけど、音が良すぎるということだけで、テンションが上がって、気分が良くなり、楽しくなる感触を知ってほしい。

思えば遠いところに来たなと思った。

years

2番がナイスカットアップが好きで、聴けて本当に良かった。途中にあるサビ前の無音が最高。このあたりから、オイルアーティストの映像が入ってきた気がして、完全に異空間だった。

ナイロンの糸

数日前に出た新曲。序盤のドラム勢が良いんだよ、この曲。タム。しみじみ良い曲だなとなる曲。

蓮の花

画面に蓮の花が大きく出たので、うおってなった。水音が入ってくる部分と、2番の声だけになってエコーする部分、あまりの音の良さが鳥肌。

忘れられないの

この曲まだ聴いてなかったけど、本当に最高。サカナクションこういう曲やらないかと思ってたけど、こういう曲でもセンス良すぎる。ファンキーで最高に踊るしかない曲。

新曲

今までで1番ダサ最高と思った曲だった。入りが山口一郎のなんか動きも含めて80年代のポップスを思わせる、ジャッジャッって感じ。でも本当に最高でファンキーだった…。ピーナッツのことしか考えられなくなる曲。

新曲

ほぼ覚えていないけど、この曲もやばかった。

INORI

曲間も何か音が鳴っていた。来ると思ったら、高いところに機材と横並びの5人のあのスタイル。そして合唱後の間奏。完全に最高。これは完全に質が良いテクノです。完全に幕張メッセがクラブになった。この間奏で1時間でもいい。この曲のここ全てが好みど真ん中の音している。良い音すぎる。ミックスが綺麗。全ての出音が素晴らしい。ちょうど良い。嫌な音が1ミリもしない、出過ぎている音も、濁りも一切ない。死ぬほど音が良い。幕張メッセという巨大な会場でこんなに良い音が出ることが信じられない。ここまでだと思ってなかった。私はダンスミュージックがだいすきなんだと再確認した。

SORATO

この曲が1番やばかった。元々やばい曲だけど、本当にやばかった。こんな音楽体験したら、元には戻れないなと思った。この音の良さに慣れたら大変なことになる…。サカナクションのこの曲をこの音の良さで体験している者とそうでない者で、色々変わってしまうぞ。純粋な音の良さもそうだけれど、この間奏での音の良さ感じる部分のメロディーが切なくて、踊れるのに涙出そうになる。

ミュージック

引き続き横並びスタイルだけど、下に下がってきていた。良い曲だなあと思っていたらラストサビ前で少しだけ間が空き、メンバー全員が横並びではなく、バンドスタイルへ早戻りし、ラストサビ。この瞬間のレーザーや光と共に鳴る音があまりにもとてつもなく素晴らしく、この瞬間がベストモーメントエバーでした。

新宝島

最初の音の時点で来てしまったー!となって、後は踊りまくって覚えていないまである。

アイデンティティ

ポコポコポンポンと鳴った時点でみんな歌う。歌わない山口一郎がみんな歌って!と言って音を止めると、無音の中観客全員の「アイデンティティがない 生まれない らららー」が繰り返される。こんな大勢にアイデンティティがないと言わせる光景が面白い。山口一郎が鳥肌…と言っていた。やはりライブでは盛り上がり最高潮になる曲で、大変に楽しい。

多分、風。

良すぎ。サビのメロディーが本当めっちゃ良いんだよな…。

MC

834.194の意味を告げる。北海道のスタジオから今レコーディングしているスタジオまでの距離だそう。そう告げて北海道で最初の頃作ったという曲を歌い始めた。

セプテンバー

こんな曲作れるなら売れるわ…と思った。

◆Encore:

バッハの旋律を夜に聴いたせいです。

バッハがバックにいくつか出てきて笑った。あと例の人形。岡崎さんのピアノ聴けて盛り上がった。

白波トップウォーター

来た瞬間に膝から崩れ落ちてしまった。私がだいすきな1stアルバムからの曲。大学生時代の眠れない夜、自己嫌悪になりそうな夜に何度も何度も繰り返し聴いた。だいすきな音と懐かしいメロディーに包まれて、暖かくて切なくて泣いた。

MC

6.1chのすごさを感じさせてくれる為に「上手前方の山口です」「下手後方の山口です」と声色を変えて言って、出力スピーカーを変えてくれた。本当にすごい。

それから、アルバムの発売延期の謝罪があった。山口一郎は、「今まで東京でどうやったら皆に受け入れてもらえるだろうかと思い、頑張ってきた。色んな新しいこともチャレンジした。そういう曲も作ってきたけれども、北海道でやっていた頃のように、自分達のハードルを越えていく、そういった曲を作っていきたいと思う。そういう悩みがあって、どうやったら若い時の衝動のようなものを作為的に出せるかとドロップアウトした曲を最後にやります」といった風なことを言った。

サカナクションはオシャレだし皆器用だけれども、そういう音楽の本来的なところはあるよなと昔から感じていて、それを話してくれて嬉しかった。

グッドバイ

懐かしい気持ちになる。曲自体はさほど古くないけれども、そういう曲だ。

サカナクションを初めて聴いたのは大学1年生の時だと思う。あの頃の私は孤独だった。音楽はほとんど共有できなかった。感じる劣等感と戦いながら、ずっと模索していた。死にたいとよく口にしていては、死なない方法を探していた。

それから、10年経つ。解き放たれた気持ちになった。いろんな自分に、過去に、様々な想いに、グッドバイ。

時々わからなくなる。音楽とは何か。良い音楽とは何か。何かに縛られている気がする。そういったものを取っ払ってくれた。昔から寄り添う好きな音と、今も進化する好きな音が、あるがまま、そのままでいて良いと言ってくれた気がした。

ありがとう、サカナクション。ずっと良い音を生み出してくれてありがとう。

私が色んなことがあった間にもずっと良い曲を作るためにずっと努力して模索してきたことがとてもよく分かって。そうやってやってきてくれてありがとう。また次のライブも行きたい。

揺らぐ波の上で

ずっとずっと信じてきたものが変わるということは、とても恐ろしいことだ。それはアイデンティティを失うことに近く、自分とは何なのかという自己への疑念をも生み出してしまう。

今年の夏、6年半交際し5年半同棲をしていた彼氏に振られた。それ以降、自分の世界が変わってしまった。

いつ結婚するんだろうとかずっと囚われていた悩みや抑えていた感情から解き放たれ自由となり、何となく清々しい気持ちもあったけれども、自分を許せない気持ちから逃れることが出来なかった。

これが理由なんてものはあるけれどなくて、ただ振られた側である為に自分が悪いのかという罪の意識に苛まれたりしていた。

幸いにも友人や家族に恵まれたこと、そして今年から始めたロードバイクが私を支えてくれたように思う。

その宣告からすぐに熊本の実家に帰り、阿蘇を走った。それは7月中旬で、真夏の熊本というのは本当に暑くて地獄に近い。実家から出発して田んぼの中を抜けて、阿蘇に向かう道に行くはずだったが最初から怠くてしょうがない。でも行くしかなかった。目の前に見える激坂を上りきれず、歩き始めた。途中からおかしいと気づき、道を完全に間違えだことを知ったが、時はすでに遅く、猛暑の中車も殆ど通らない斜度20%に近い道をロードバイクを押して歩いた。途中から意識が朦朧として、あまり記憶がない。次に見える影まで、影までとそれだけを頼りに歩いた。見える地面も段々と白んで来たように感じた。結果としては、途中で見つけた道を曲がると下り坂になっており、本来の道に戻れたわけだが、目的地まではたどり着かず、翌日にリベンジした。

その日の出来事が自分の中で大きく、あの日私は一度死んだように思っている。あのよく分からない道に過去の自分を置いてきたような感覚だ。

その後、家を引き払う様子を見ることもなく、空が広い埼玉へ引っ越し、悠々と暮らし始めた。

そして、今の季節は冬。新居も埼玉も気に入っているし、色々な巡り合わせがあり、新たに恋人が出来て幸せに暮らしている。

過去に決別し、すっきりとした気持ちで生きているように見えるだろう。でも、ふとした時にいろんな事を考えしまう。

今年の夏までは、ずっとずっとこの人とは絶対にずっと一緒にいるんだという根拠のない自信があって、それを信じて、それを頼りに生きてきていた。それが愛だと思っていた。

それがなくなって、愛とは何なのだろうと究極の課題にぶち当たってしまい、分からなくなった。本当は存在しないのかもしれないとすら思った。

運命みたいなものがあって、絶対的な愛が存在しているのだと思っていたものだから、そんなものはないと知らされて、知っている世界がなくなって、世界の全てが知らないものに変わってしまった。そうしたら、世界はとても恐ろしいもののように見えて、よく皆こんな場所で平気な顔をして生きているなと思った。それが平気ではないのは自分だけであって、とても孤独のように感じた。

6年半ずっとその人が心に寄り添っていた。一緒にいない時間もずっと。1人の時でも頭の中に彼はいて、何かを伝えたくなったり、私の考えに影響したりした。その人はもういない。

それでも、ふとした時に楽しかった旅行のことや日常のことを思い出してしまう。そのことの整理が難しい。

今はもう別の人と付き合っていることについて、切り替えが早いとよく言われるけれども、実際は何の整理も出来ていないのだ。

思い出してしまうことは決して罪ではない。そのはずなのに、以前は思い出すと幸せになっていた思い出を思い出すと、もう幸せになってはいけない、なれないことについて寂しいように思う。ただ6年半のことを肯定的に考えようとすると、別れたことに否定的になってしまう気がする。まだ良い思い出だったけど、別れて良かったわねといった風にはなれない。とても複雑で感情の表現がうまく出来ないけれども、6年半を無意味にして思い出さないようにしていないと自分が保てないような気がする一方で、何をしていても思い出す要素がありすぎてしまう。思い出すことは罪ではないのに、思い出した時の気持ちがどういうものであるべきなのか未だに整理がつかない。

6年半の私が感じていた感情が、その時の自分が、今となっては空虚であり、無価値であるような絶望感と喪失感がある。6年半の私は居なくなり死んでしまった。

それでも私は、今の自分があるのは、過去の積み重ねであるという哲学を持っている為、無かったことにするとその哲学を否定することになり、それは出来ない。

そういった自分の中の矛盾が矛盾を呼び、混乱してならない。

でもきっと時間が解決するようなものだと理解しているし、恋人と別れた人達が感じるような混乱であるのだろうと推測する。

未練などない。これは私という人間のアイデンティティの欠如への憂いや不安である。この混乱は未だ続いているけれども、世界に対する愛の回答として、今の私はこう考える。

きっと皆不安定な中生きている。

夏までの私は、世界の皆は地面の上でしっかりと生きていると思っていた。私はこの不安定なメンタルがあるから、その地面の上にボールがあってその上で玉乗りしていて、それを彼が上手いこと支えてくれているように思っていた。

でも、きっとそもそも地面などはなく、皆揺らぐ波の上で生きているのだ。上手く波乗りしている人や潜って泳いでいる人もいれば、溺れている人もいる。私は今はよたよたしながら、なんとか不安定な波の上の世界で立っている。そういう風な状況だ。

歌の中で 君を探してる

波の中で 笑いながら漂う

今の中で 君を愛してる

刻む一拍の中の永遠を

刻む一粒の永遠を

これは星野源のPop Virusの歌詞で、とてもしっくりと私の中に入ってきた。

愛は絶対的なものではない。移ろい、儚く、いつ消えてもおかしくない、分からない何かだ。

だからこそ、”今”の中で愛していることが、とても美しく大切で価値があると思う。今があるからといって、それが永遠だとは限らない。でも、今がなければ永遠はない。

一瞬一瞬、毎日がとても素敵で貴重なのだと思う。それを忘れたくない。ずっと覚えていたい。

揺らぐ波の上で。