呪術廻戦の好きなところ

この記事は呪術廻戦13巻までのネタバレを含みます。

  

  

   

  

  

  

  

  

   

①強さがインフレしないところ

今まで色んなバトル漫画を読んできた。どれも好きな作品ではあるのでそれらを否定するわけではないが、バトル漫画において強さというものはインフレしがちである。物語を続ける以上仕方のないことではある。例えばドラゴンボールでは、史上最強の敵だと思われたフリーザの後にセルが出てきてそれに対抗するためにまた地球人(とサイヤ人)は更に強くなった。(なお私はセル編も大好きである。ここは未来との兼ね合いがあり、魅力的なキャラクターもいる。ここでは否定ではなくただの例と受け取って欲しい。)

バトル漫画はバトルが肝だが、強くなるという描写が難しく、そこを面白くする必要がある。更に強くなったと思っても、更に強い敵や仲間が出てくるという展開は、ワンパターン化してしまう可能性が多い。

その点、呪術廻戦では、強さの上限が明確に示されている。五条悟だ。今まで序盤からいる強い人が、作中最も強いキャラということは体験したことがない。物語の幅がそこで決まってしまうからだ。最初から描ける物語の箱が決まってしまう。しかし、呪術廻戦はこの箱の中を描くことでむしろ面白さを引き出している。読者が強さということを把握しやすいことで、考察や物語の先を予想しやすくなる。しかも、それを、2巻の五条悟vs漏瑚で示している。無量空処という最大の技まで見せている始末である。こういう作中最も強いキャラの最も強い技というものは、出すまでに時間がかかるものだった。こういうものが最も強いということですよということを技まで見せることで、上限というものを明確に読者が理解できた。なお、宿儺についても五条悟の方が強いと言っており、漏瑚もその宿儺の指何本分という発言まである。強いキャラがどの程度強いのかも分かっている。その分、主人公やその周りがどの程度成長できるのかも楽しみにできる。

そして、なんと言ってもその最強の五条悟が封印されるという物語。これにより、他のキャラが自由に動け生きてくる上に面白い。五条悟がいなくなると日本終了という旨まで明言されており、五条悟の強さのスケールが大きい事による壮大さも面白い。面白すぎる。

因みに封印される前に五条悟の過去編を描いたことも素晴らしい。あれがなく封印されていると、五条悟はただの強い人であったところ。過去に親友を失った闇を抱えている人であることもきちんと描いてくれたことにより、魅力が増した上に話の重さも増したと思う。(別件だが、過去編では夏油の闇堕ちまでの描写が素晴らしすぎて、私が呪術廻戦にハマったのはここからとも言える)

②コマ割り

演出やコマ割りが良すぎる。お手元に単行本を用意して読んで欲しい。

例えば、以下。

8巻第63話共犯。初っ端から虎杖と野薔薇が向き合うようなコマ割りで話が進んでいく。そして最後にタイトルである共犯というところに集結して、そのコマ割りが終わる。なんとも美しい回である。そしてここは野薔薇の優しさが出ている会話でもあり、非常に痺れる。しょうがなかったじゃんと慰めるのではなく、共犯ねと言える。愛してるよ、野薔薇ちゃん…

コマを貫通する描写。6巻第48話黒閃。ここの黒閃を出す前の虎杖。集中して唾液?血?が垂れているがそれでコマを割っている。また、7巻第60話起首雷同ー陸ー。壊相のバチ殺し!!のシーンで羽根から血が垂れている。

見開き。素晴らしい見開きが多い。これは漫画ならではだと思う。ページをめくった瞬間に訪れる迫力というのは、漫画を読んでいて最もワクワクする瞬間と言っても良い。
また、呪術廻戦では、その見開きという見せ場を引っ張らずに、おっ来るか?きたー!!!って感じでサクッとやってくれるのも読んでいて心地よい。以下好きな見開き。特に好きなものは✩。

・2巻第14話急襲。無量空処。もはや言うところがないけど本当にテンション上がった。
・4巻第27話もしも。ゲラゲラ。他にも技とかの見せ場あったような気がするけど、真人と宿儺が虎杖をゲラゲラ笑うシーンを見開きにしてくるという意地の悪さ。これにより相当馬鹿にされたことがわかり、ムカつくので、見せ方として面白い。
・5巻第37話京都姉妹校交流会ー団体戦④ー。全力で導く。東堂がキモくて最高。キモさが伝わってくる。
・5巻第43話京都姉妹校交流会ー団体戦⑩ー。花御が出てくるところ。ヌッて感じで出てきて怖い。
✩7巻第61話起首雷同ー漆ー。黒閃。シンプルに異常にかっこいい。今後のアニメで最も楽しみにしているところの一つ。
✩8巻第68話懐玉ー肆ー。夏油がおじいさんと戦うところ。まずはここは見開き前から。突然犬が出てきてびっくりのところが面白い。それが走馬灯だったという。そして夏油見開き連続。ここは夏油が決して弱くないことが強調されている気がして、その後の話にも良いスパイスを与えていると思う。
✩11巻第89話渋谷事変⑦。領域展開無量空処。この見開き領域展開〜299秒で鏖殺まで全てが好きすぎる。ナレーションで色々サイド情報を入れてくるところが、ハンターハンターのよう。とっても好きです。


③存在しない記憶と東堂葵

存在しない記憶とは、1回目交流戦で東堂に起こった現象。東堂の脳内に虎杖が昔からの親友というような記憶が流れ、突然親友だと思い込み始めた。しかし、この場面では東堂がキモいから起きたことだと読者は思ったはず。
しかし、2回目。脹相お兄ちゃんにも起こってしまった。脹相が東堂のように気が狂ったキモい人ではないのは明らかであり、虎杖に付随する何かだと思われる。

虎杖は真っ直ぐで良い子だし主人公なのに、まるで悪役のような洗脳っぽい能力を、本人が無自覚で使えているのは明らかに今後虎杖が落ち込む要素になるので辛い。しかもこれについて、宿儺は?って言ってたので、宿儺の術式でないことも確か。
こうなると虎杖って何者?ってなって1巻の両親がどうのこうのとか気になってくる。

主人公にこんなやばい能力があるってこともやばいけど、物語の描き方として、東堂がキモいからやばい主人公の能力を能力として把握出来なかったという事実があまりにも面白すぎる。

因みに東堂葵がいると物語が面白くなるとまで言われている。交流戦でも、ブギウギをブラフで使うところや高田ちゃんが脳内でアドバイスしてくれるところなどが面白すぎた。

このように作中人気のあるキャラではあるが、存在しない記憶の考察を始めようとすると、必ず東堂の存在がノイズになってしまい、わかりづらくなってしまう。それも面白い。

他にもたくさんあるけれども、主によく言っている3点にまとめてみた。
今後の展開も楽しみである。

私が五条悟を好きな理由

私が五条悟を好きな理由

この内容は呪術廻戦の単行本13巻まで(0巻含む)のネタバレを含みます。

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五条悟は最強だ。それは生まれ持った才能によるもので、逃れられない運命のようなものだ。呪術廻戦の能力は、ほぼほぼ生まれ持った才能に左右される為、五条悟はこの能力を持って生まれた以上、呪いと戦う運命と言っても過言ではない。

五条悟は最強だ。最強とはどういうことなのだろうか。誰よりも強いということである。誰よりも強いと全て解決するのではないか。いや、解決しない。

五条悟は、自らの脳も常に回復させられる。それはつまり常に戦えるということだ。

しかし、それでもなお全ての人間を救うことは出来ない。それは、考えたらわかることで、五条悟が1人強くても世界中の呪いを瞬時に祓えるわけではない。五条悟は誰よりも強いが、1人の人間であり、救える範囲には限界がある。そして、その範囲ということだけではなく、相手の気持ちということもある。親友を失った後に本人が呟いている通り、「他人に救われる準備がある奴」しか救えない。

七海が「もうあの人1人で良くないですか?」と言った。そのくらい強く、そのくらい皆が頼りにしてしまう人だ。本人も最強であることを自覚している。時々いないことを鑑みても、実はかなり仕事をしていると思われる。それでもなお、限界がある。にも関わらず、五条悟が助けてくれる、五条悟が何とかしてくれる、という期待が呪術師全体に生まれてしまう。最強ということは、そうやって期待を背負ってしまう。期待があるということは、何かあってもし失敗してしまえば、五条悟のせいにされてしまうということだ。五条悟の責任が重すぎる。

冒頭の通り、五条悟が最強なのは、生まれ持った才能によるもので、逃れられない運命である。そのせいで、ここまでの責任を負わされているのである。

それはとてつもない理不尽さを感じる。

一歩間違えたら、五条悟が呪詛師になってしまう未来もあった。それは、理子の死後に教団でコイツら殺すか?と言ったところでの危うさを見れば、感じたことだろう。その時に止めた夏油の方が呪詛師になってしまった。親友が呪詛師になってしまった。最強なはずなのに、親友を救うことが出来なかった。そこで自らは最強であるけれども、救えない人がいることに気付いてしまった。その無力さから、五条悟は自分くらい強い人間を欲している。だから教師をしているのだと思われる。もしも、夏油傑が呪詛師になっていなかったら、教師にはなっていなかったのではないだろうか。皮肉なものだ。

最強であるが故の辛さ、理不尽な運命、不憫さ、そこに対して五条悟は、一度も音を上げず、ただただ戦っているのだ。

この戦いは、孤独だ。親友も失い、志を共にするような人はいない。どうしてそこまで頑張れるのだろうか。最強である彼にとっては、もしかすると苦ではないのかもしれない。飄々とした性格もあって、常に余裕に見える。それでも、時折見せる孤独感に胸が締め付けられる。胸の奥底には、この逃れられない運命に負けてたまるかというような想いがあると私は感じる。

五条悟の一人称が現在は”僕”である。それは夏油に注意されたからである。使い始めたのは、夏油が高専から居なくなり、自らの無力さを知った後からである。これは、元々は親友への愛や弔いの思いからだと思うが、私は五条悟は”僕”と言う度に夏油のことを思い出してしまうのではないかと思う。そしてそれはイコール自らの無力さを思い出してしまうと思う。まるで呪いのように。

五条悟はずっと自らの無力さと戦っているのだ。最強だからこそ感じる無力さと。

それなのに、最強だから対策される。最強だから隔離される。最強だから……。最強であることが繰り返し強調される。最強だからこそ出来ないことがある。理不尽であり、あまりにも不憫すぎる。敵の姿が殺したはずの親友だった。こんな辛いことがあってたまるか。そんな酷い対策までされてしまうのだ。五条悟1人が強くても駄目なのだ。

人間離れした能力を持っても、五条悟は1人の人間だ。親友を救えなかった自らを悔やみ、その無力さと戦い生徒を育て、そんな中親友の姿をした敵に会って心を乱されてしまうなんて、人間臭すぎる。あまりにも心が人間味溢れている。

私は彼のそういった精神が大好きだ。

性格以外が完璧と言われる彼は、こんな人間いるかと思うぐらい、全て完璧だ。それでも1人の人間なんだ。

負けないで欲しい。自らが最強であるということに負けないで、どうか戦い続けてほしい。その理不尽さに負けないで欲しい。五条悟自身が戦わなくても、彼が育てた生徒が勝てば、それは五条悟の勝ちと同義だ。負けないで欲しい。皆で勝って欲しい。

All Time Best 100 Songs(100〜90)

生きてきた中で好きな曲100曲をまとめることにした。1が1番好きな曲が来るようにしましたが細かい順序はそこまで考えてない。まずは、100〜90。この辺は思い出って感じ。


100. 浜崎あゆみ – A Song for XX

初めてもらったお小遣いで買ったものは、浜崎あゆみのCDだった。その後も、毎年クリスマスプレゼントは浜崎あゆみのCDだった。もう売ってしまったけれど、私の音楽はここから始まっている。こんなギャルみたいな人がこういう歌詞書くのやっぱり好き。

99. Fall Out Boy – The Take Over, The Breaks Over

高校時代の青春が詰まってる。FOBは高校の時大好きでカレンダー買って飾ってた。ボーカルのパトリックのことが本当に大好きで、高校の友達にも聴かせていた。声がほんとうに良い。この曲入ってるアルバムは本当に沢山聴いたなあ。

98. Mariah Carey – Emotions

この時代の最高のディスコソング。ホイッスルボイスもすごい。いつまでも色褪せない歌姫の曲。マライアキャリーと言えば、多分クリスマスの曲が1番聴いたことがあると思うけれど、この時代の時のマライア本当にすごいので聴いてほしい。

97. PSG – 愛してます

PSGはPUNPEEとSlackとGAPPERのヒップホップユニット。PとSの2人は兄弟でそれぞれラッパーとして活躍してる。気だるいけどトラックとフロー。これこそPSGの真髄。リリックが好き。音楽を愛していて、失恋したことがある人なら誰でもグッと来る部分があると思う。

96. Toby Fox – ASGORE

Undertaleより。とにかくUndertaleというゲームをやってほしい。ストーリーがないとこの曲単体については語れない。Undertaleは簡単だし、やりやすいRPGだよ。生きてるキャラクターに会える。

95. Avril Lavigne – Complicated

Avrilから洋楽を聴くようになった。だから今の私がある。

94. tofubeats – ディスコの神様 feat. 藤井隆 (Carpainter remix)

tofubeatsはキャッチーなメロディー作るのが上手い。あと、すっと入ってくる歌詞。この曲はそこにCarpainterという踊らせる天才がリミックスだ。これこそディスコの神様なんだよ。

93. flava D – Closer(feat. Miss Fire) [Roska’s Too Close Mix]

ベースラインハウスが好き。(ハウスだけど、ベースラインでメロディーあるところがあるみたいなジャンル、こんな適当な説明だと怒られるかも…)UKのクラブシーンは渋くて良い音で溢れている。こういうのは良い音が出せる環境で聴いてこそだ。良いヘッドホンとオーディオI/F買って聴いてみてほしい。

92. Frédéric Chopin – ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作

最後のピアノの発表会で弾いた曲。映画「戦場のピアニスト」で劇中で使われた曲。この映画を観てからずっと弾いてみたくて猛練習した。とてつもなく悲しいけれど美しい曲。

91. Destiny’s Child – Independent Woman Part 1

伝説の女性グループ。ビヨンセはみんな知ってるけど、Destiny’s Childは知らないなんて今じゃあるのかな。ビヨンセは、Destiny’s Childというグループでデビューしてからソロになった。だから、Destiny’s Childは最高。というか全盛期のメンバー、ミシェルとケリーだって最高なんだから。この曲が最高なところは、女性の自立について歌っているところでこの3人が歌うと説得力が半端ない。そもそもイントロが痺れるほどかっこいい。

90. Eminem – Lose Yourself

もうかれこれ10年この曲を歌うのを練習しているので、好きとか嫌いとかじゃなくて、染み付いています。最近色んなラップ聴くと、エミネムはオールドスクールだなとか思うけど、でもやっぱり新曲とか聴くと心が躍る。だって、ラップのうまさが心底以上。全てのワードのアルファベットの発音が異常にクリア。ラップやる為に生まれてきた人なんだろうなと思うから、何しても憎めないし、かっこいいと思っちゃうよ。


今回は以上。有名な曲プラス懐メロばっかりになってしまった。

揺らぐ波の上で

ずっとずっと信じてきたものが変わるということは、とても恐ろしいことだ。それはアイデンティティを失うことに近く、自分とは何なのかという自己への疑念をも生み出してしまう。

今年の夏、6年半交際し5年半同棲をしていた彼氏に振られた。それ以降、自分の世界が変わってしまった。

いつ結婚するんだろうとかずっと囚われていた悩みや抑えていた感情から解き放たれ自由となり、何となく清々しい気持ちもあったけれども、自分を許せない気持ちから逃れることが出来なかった。

これが理由なんてものはあるけれどなくて、ただ振られた側である為に自分が悪いのかという罪の意識に苛まれたりしていた。

幸いにも友人や家族に恵まれたこと、そして今年から始めたロードバイクが私を支えてくれたように思う。

その宣告からすぐに熊本の実家に帰り、阿蘇を走った。それは7月中旬で、真夏の熊本というのは本当に暑くて地獄に近い。実家から出発して田んぼの中を抜けて、阿蘇に向かう道に行くはずだったが最初から怠くてしょうがない。でも行くしかなかった。目の前に見える激坂を上りきれず、歩き始めた。途中からおかしいと気づき、道を完全に間違えだことを知ったが、時はすでに遅く、猛暑の中車も殆ど通らない斜度20%に近い道をロードバイクを押して歩いた。途中から意識が朦朧として、あまり記憶がない。次に見える影まで、影までとそれだけを頼りに歩いた。見える地面も段々と白んで来たように感じた。結果としては、途中で見つけた道を曲がると下り坂になっており、本来の道に戻れたわけだが、目的地まではたどり着かず、翌日にリベンジした。

その日の出来事が自分の中で大きく、あの日私は一度死んだように思っている。あのよく分からない道に過去の自分を置いてきたような感覚だ。

その後、家を引き払う様子を見ることもなく、空が広い埼玉へ引っ越し、悠々と暮らし始めた。

そして、今の季節は冬。新居も埼玉も気に入っているし、色々な巡り合わせがあり、新たに恋人が出来て幸せに暮らしている。

過去に決別し、すっきりとした気持ちで生きているように見えるだろう。でも、ふとした時にいろんな事を考えしまう。

今年の夏までは、ずっとずっとこの人とは絶対にずっと一緒にいるんだという根拠のない自信があって、それを信じて、それを頼りに生きてきていた。それが愛だと思っていた。

それがなくなって、愛とは何なのだろうと究極の課題にぶち当たってしまい、分からなくなった。本当は存在しないのかもしれないとすら思った。

運命みたいなものがあって、絶対的な愛が存在しているのだと思っていたものだから、そんなものはないと知らされて、知っている世界がなくなって、世界の全てが知らないものに変わってしまった。そうしたら、世界はとても恐ろしいもののように見えて、よく皆こんな場所で平気な顔をして生きているなと思った。それが平気ではないのは自分だけであって、とても孤独のように感じた。

6年半ずっとその人が心に寄り添っていた。一緒にいない時間もずっと。1人の時でも頭の中に彼はいて、何かを伝えたくなったり、私の考えに影響したりした。その人はもういない。

それでも、ふとした時に楽しかった旅行のことや日常のことを思い出してしまう。そのことの整理が難しい。

今はもう別の人と付き合っていることについて、切り替えが早いとよく言われるけれども、実際は何の整理も出来ていないのだ。

思い出してしまうことは決して罪ではない。そのはずなのに、以前は思い出すと幸せになっていた思い出を思い出すと、もう幸せになってはいけない、なれないことについて寂しいように思う。ただ6年半のことを肯定的に考えようとすると、別れたことに否定的になってしまう気がする。まだ良い思い出だったけど、別れて良かったわねといった風にはなれない。とても複雑で感情の表現がうまく出来ないけれども、6年半を無意味にして思い出さないようにしていないと自分が保てないような気がする一方で、何をしていても思い出す要素がありすぎてしまう。思い出すことは罪ではないのに、思い出した時の気持ちがどういうものであるべきなのか未だに整理がつかない。

6年半の私が感じていた感情が、その時の自分が、今となっては空虚であり、無価値であるような絶望感と喪失感がある。6年半の私は居なくなり死んでしまった。

それでも私は、今の自分があるのは、過去の積み重ねであるという哲学を持っている為、無かったことにするとその哲学を否定することになり、それは出来ない。

そういった自分の中の矛盾が矛盾を呼び、混乱してならない。

でもきっと時間が解決するようなものだと理解しているし、恋人と別れた人達が感じるような混乱であるのだろうと推測する。

未練などない。これは私という人間のアイデンティティの欠如への憂いや不安である。この混乱は未だ続いているけれども、世界に対する愛の回答として、今の私はこう考える。

きっと皆不安定な中生きている。

夏までの私は、世界の皆は地面の上でしっかりと生きていると思っていた。私はこの不安定なメンタルがあるから、その地面の上にボールがあってその上で玉乗りしていて、それを彼が上手いこと支えてくれているように思っていた。

でも、きっとそもそも地面などはなく、皆揺らぐ波の上で生きているのだ。上手く波乗りしている人や潜って泳いでいる人もいれば、溺れている人もいる。私は今はよたよたしながら、なんとか不安定な波の上の世界で立っている。そういう風な状況だ。

歌の中で 君を探してる

波の中で 笑いながら漂う

今の中で 君を愛してる

刻む一拍の中の永遠を

刻む一粒の永遠を

これは星野源のPop Virusの歌詞で、とてもしっくりと私の中に入ってきた。

愛は絶対的なものではない。移ろい、儚く、いつ消えてもおかしくない、分からない何かだ。

だからこそ、”今”の中で愛していることが、とても美しく大切で価値があると思う。今があるからといって、それが永遠だとは限らない。でも、今がなければ永遠はない。

一瞬一瞬、毎日がとても素敵で貴重なのだと思う。それを忘れたくない。ずっと覚えていたい。

揺らぐ波の上で。

いつか書こうと思っていた話(熊本の地震のこと)

特に何かを誰かに訴えたいとかではなく、どちらかというと自分の思った事とかを忘れないように書いておこうと思っていて、でもなかなか書けずにいたことです。

私の地元は熊本県益城町です。益城町は、熊本市の隣にある人口3万人くらいの町で、観光地はほぼないですが、熊本市の隣町としていわばベッドタウン的な感じで住宅が立ち並ぶ町です。また田んぼも沢山、山もあるみたいな自然が豊かなところでもあります。熊本に来る際に大勢の人が訪れる阿蘇くまもと空港は、益城町にあります。(滑走路は菊陽)熊本市との合併も住民投票により反対となり、まだ益城町としての形を残している、そんな町です。かの有名な観光地である阿蘇と熊本市の間くらいにあると思って貰えれば分かりやすいのかなあと思います。

その町には小学5年生の頃に転校でやって来ました。前にいた福岡県の高田町(現みやま市)が好きだったので、転校した当時は都会に来るのは嫌だなあと思っていました。今から思えば、益城町も田舎なのですが、当時の私にとって小学校のクラスが1クラスじゃないというのはそれだけで都会だったのです。

毎年夏に行われる夏祭りでは花火が沢山あがり、実家からでもこんなに綺麗に見ることができます。

2年前のあの日、弟から連絡があり、すぐにTVをつけたところ、益城町の役場が映っていました。自分が住んでいた目立たない町の役場が映っているのは変な感じでしたし、ずっとそこを映しているので、そわそわして落ち着きませんでした。

親に連絡したところ無事のようでした。次の日に自分が高校生まで住んでいた部屋が散乱状態となっていた写真と、頑張って片付けたという写真が母から届き、そうして暫くして電気が来たとかそういった連絡があり、ほっとしました。

そしてその日の深夜にまた震度7の地震が来ました。益城町は日本で唯一震度7を2回受けた町になりました。

その後もTVはずっと熊本地震のことばかり。映るのは自分の通学路、通っていた小学校、遊びに行くときに通っていた道…。友達はみんな生きていましたが、家が半壊、全壊は多く、避難所にいる子も多くいました。気が気じゃない中フェイスブックには、審議がよくわからない情報が沢山乗って来て、意味不明な状態。

私はこんな投稿をしました。

暫く経って、ゴールデンウィークになり、地元に帰りました。迷惑になるのであれば行かないと伝えたところ、会えるだけで嬉しいし何も持ってこなくて良いとのことでした。

両親は暖かく迎えてくれました。家の中は、電気がない時用にキャンプの時のランプが出ていたり、水道水を使わないように、ジェルの手を洗うやつが置いてあったりしました。

両親からは沢山の話を聞きました。私の母校の小学校の前にマスコミの車が押し寄せて、本当に大切な車が通れなくなっていたこと、マスコミのヘリコプターがうるさくて、町内放送が聞こえづらかったこと。両親は医療関係者なので、その時の大変な話、本当に必要なものはなによりも水。仕事中、治療等で駆け巡っていた忙しい訪問看護師の母の元に電話が来て、「全国の人にわかって欲しいこと伝えたいことはありませんか!?」と言われ、「お湯が欲しい」と言って、電話を切ったこと。親戚のおじさんが水を持ってやってきて、その後の水汲みの行列について来るも、母を何も手伝わなかったこと。

マスコミが”悲惨さ”を伝える”画”を撮ろうとしている中、どれだけの人が本当に苦しい思いをしているのか、迷惑をしているのか。そして、被災地にやってくる偽善者。

いろんな嫌な感情が蔓延っていることが、地震でわかってしまう。

それでもそんな中、両親や友人たちは必死に生きていて、自分のことだけでも大変なのに沢山の人を救おうとしている。泣き言とか誰も言わない。

後程会った親友は、2週間お風呂に入れなかったけれども、仕事にはずっと行っていました。レンタカー屋さんなので、車中泊をする人が借りにくるからと。

弟はボランティアに行っていて、力のない私は家で拭き掃除とかしていた。特に出来ることないなと思いながら、夏が始まろうとしている五月の日差しを浴びながら、家から見える住宅街は静かだけれども、ブルーシートがかけてある。

中学校までの道を両親の車で走った。殆どの家が全壊で、知っている風景はなくなっていた。自分で訪れてもなお、現実感はありませんでした。

「嘘みたいでしょ」と母が言って、「うん」としか言えなかった。TVとか映画とかそういうのでしか見たことのないようなものが沢山地元に溢れていて、全然現実とは思えない。

例の母校に配給があったらしく、母と向かい、パンなどを貰いました。みんなやってきているし、体育館の中には人が沢山。マスコミは漸く避難所の中に入るのをやめた(禁止された)ようで、その時は落ち着いていました。

夜は両親と私が好きなボードゲームをしました。ワンスアポンアタイムを両親が気に入って何回も遊びました。楽しそうでなによりで。別に来た時にも疲弊してるなあという感触はありませんでした。

ただ母から「お父さんがまたあのボードゲームやりたい!あれやってると頭使うし、地震のこと忘れられるって言ってたよ」と言われた時や、実はニュースに地震の話が多すぎて1日数分しか見ないようにしていること、そういうのを聞いた時に、私には絶対に理解出来ないつらさがあると思いました。

また時が経ち、その年の年末に実家に帰った時に、家が半壊したピアノの先生に会いました。益城町は真ん中に熊本市から続く県道が通っており、その南と北で被害が全く違っていました。私の家は北側で被害は少なく、友人やピアノの先生は南側。南側は全壊、半壊が多い。そのピアノの先生は仮設住宅で暮らしているらしく、会いに生きました。カフェでお茶をしていろんな話をして、仮設住宅の中のお店を見てから帰りました。その後に年末に会う人とも地震の話が多かった。

初詣。小学生の頃お世話になった木山神社は費用がなく、全壊のまま。その周辺は殆どが更地。

益城町から離れて阿蘇まで行くとあの有名な阿蘇神社は、本社がなくなっており、そこにみんなお参りしていました。

そして、去年の年末兼今年のお正月。

阿蘇くまもと空港から実家まで帰る途中の道は知った道ばかりで、ここから今日は曲がるのねと思っていたら全く知らない場所に出ました。「あれ、ここどこ?」と聞くと、母が「ああ、そっか、ここは〇〇の前あたりよ」と言って驚いた。そこは何度も行ったことがある場所なのに、面影すらなく、全く知らない風景になっていた。自分の思い出の中の益城町が消えていっているんだなと思いました。

再び初詣に訪れた木山神社。まだ取り壊しもされていない。

私は地震があってからこの足で町内をさほど歩いていない気がする。そもそも、大学で実家を離れてからあんまり歩いたりしていません。

なんだか被害が大きい地域を歩く時に、どういった気持ちでいればいいかわからなかった。被害が大きいなあと見物のように行くのが嫌だったし、可哀想と他人事のように思うのも嫌でした。

今はどれくらい知っている景色が消えて、新しい景色が出来ているんでしょう。新しい景色になっているということは頑張った人がいるということなんだよね。

震度7の怖さは経験していない人にしか分からないと母に言われました。なので、色んな話を書いたけど、私には分からないことだらけです。

私には、地震に怯える恐怖も、あるジャニーズが母校に来てくれた喜びも、震災後にずっと出てこなかったくまモンがやっと出て来たときの喜びも、そしてそのくまモンに会えて思わず抱きついた父の気持ちも、本当の意味ではずっと分からないんだと思います。

ただみんな、本当にみんな頑張ろうって言っていて。すごくまっすぐな言葉だけど、「頑張ろう熊本」って色んなところに書いてあって、皆も言っていたり、言わなくてもなんか言葉の端々から感じるそれにこっちが勇気付けられたりした。みんな頑張ってるから頑張ろうみたいなそんな空気がありました。だから、すごく捻りのない言葉だけども、「頑張ろう熊本」って見ると泣きそうになる。

東日本大震災のときもずっとどこか遠くの世界の出来事だと思っていました。でも、突然それは自分の身近にやってきました。そして、きっと地震本来の辛さだけじゃない様々な気持ちが混ざって皆生きていることが分かりました。

地元が地震で大変で、つらいとかそういうことを言いたいんじゃない。熊本に来てとか、ボランティアして、とかそういうのじゃないんだけれども、自分の中でとても衝撃的なことだったので、忘れないうちに色んなことを書いておきました。

手嶋純太さんへ

手嶋純太さん。あなたの存在を知ったのは、あなたが2年生の時の合宿の時でした。よく喋ってキザな嫌な先輩みたいな感じで、あなたは主人公たちを盛り上げる存在なのかなって思っていました。でも、本気で走るあなたを見て誰が勝ってほしいとかそんなんじゃない頑張るあなたが素敵で、その後走れなくなっても立ち上がろうとしているあなたに涙しました。そんな悔しい思いをしたのに、一生懸命サポートしたIHは、きっと悔しくて悔しかったでしょう。でも、あなたのその応援があったからこその優勝だったと思っています。「登りで100人抜け!小野田!」その台詞はかっこよくってすごいこと言うなって思ったけれども、「本当にやりやがった!」と言った時に、あなた自身も出来るとは半信半疑だったのかなとも思ったけれども、そうやって誰かを鼓舞できるようなことを言えるってすごいなと思いました。

そうして、あなたは3年生になって、キャプテンになって。キャプテンになってすぐにずっと練習してきたことを知りました。色んなレース、そして合宿があって。合宿は本当にすごい戦いでしたね。毎回毎回あなたはこれでもかって出し切って、でももう何も出来ないと思ってもそこからまだ絞り切るような走りをしていました。そうして、自分の手でレギュラーを勝ち取りましたね。

私も3年生の中でキャプテンやるなら、あなただと思っていました。でも、それは、ごめんなさい。実力じゃなくて、みんなのことをよく見ていること、誰かを励ませる力を持っていること、頭が良くてまとめるのが得意なこと、そういったリーダー的資質でそう思ってました。だから、そうやってキャプテンになったら、当たり前のようにあなたがIHに出て、その頭脳で策を考えて戦っていくのだとばかり思ってました。でも、あなたは違った。ちゃんとずっとずっとずっと練習をして。そうやって勝ち取った。それは本当に本当にすごいことです。

少しだけ、自分の話をします。私は、小5の時からバレーボール部でした。人数的にも小6の時にはレギュラーで。最後の試合、私のサーブは22vs23ぐらいで相手が1点リードしていた時。私は緊張して、入れなきゃ入れなきゃとばかり思っていました。そうして打ったサーブはネットに引っかかって。ごめんとしか言えなくて、みんなほとんど絶望していました。そのまま点が入って負けた試合の後、体育館の階段でみんな泣いていました。私のせいだ、私のせいだと思って、でももう時間は戻らなくて。どうしようもない自分への怒りと悲しみは、どこにもぶつけられず落ち込むしかありませんでした。それでも、ボールを拾った時の喜びが忘れられず、そして負けず嫌いな私は中学校でもバレーボール部に入りました。上下関係が厳しくなってよりハイレベルになった部活。そうやって少しずつ月日が過ぎて3年生になった時。私はレギュラーじゃありませんでした。同じポジションのリベロは中学から始めた子がレギュラーでした。その子は笑顔でコートに立っていてみんなから好かれるような可愛い子で、でも誰にも言わないでずっと帰ってからも自主練しているような子でした。私は、小学校からやっていた自分がレギュラー取れると思っていたこともありますし、そんなに頑張るみたいなことはできませんでした。そして、何よりホッとしている自分もいました。私はいじめられていたこともあって、コートで堂々と出来なくて声も出せないからよく人にボールを譲ってしまって気まずい思いをしていたし、そして何より、失敗するのが怖かったんです。小学生の最後の試合みたいに、自分のせいで失敗して、みんなが悲しむのが、みんなの期待に応えられないのが怖かった。本気で頑張れないのはそういったこともあったし、所詮その程度の気持ちだったんでしょう。あの子が自主練頑張っててすごかったから、自分とは違うからなんて、言い訳をしてずっと逃げていた気もします。

少し長くなってしまいましたね。

怖くないのかな、と思いました。あなたが全てを賭けて自転車に乗って。それが報われなかったら、努力が全部無意味だって感じないのかなって。もしも、レギュラーになれたとしても、周りが才能の塊みたいな奴らばかりで、自分が足手まといになったら、そのせいで負けてしまったら怖くないのかなって。ずっとずっと練習するって何があなたをそんなに突き動かすのかなって。でも、私気づいたんです。あなたはそんな私が心配することよりも何よりも、IHに出れない方が怖かったんだ。それって、本当にすごくって。失敗とか、恐れとか、そういうものじゃなくて、あなたはずっと前だけを見て、夢だけを追って、そのためにずっとずっとサボらずに自転車に乗ってきたんだなって。本当に誰にでもできることじゃない。私には出来なかったことでした。

練習のモチベーションって、自分だけで出すのは難しいことだと思っています。例えば、前年度の覇者でレギュラー確定みたいな人だったら、みんなからの期待を感じて、それがプレッシャーになって、練習もサボっちゃダメだと思うでしょう。でも、あなたには期待するような人は少なかった。いなかったわけではないし、何よりも大切な相棒である青八木さんもいたことんだけれども、それでもあなたは自分自身でずっとペダルを回してきた。

キャプテンになると、期待度も高まっただろうけれども、あなたはたった1回のカラオケですら、断るような人で。信じられないぐらい真っ直ぐに努力してきたんですね。

待ちに待ったIHでは、いろは坂で山岳を争いましたね。最初からずっときつそうで真波山岳さんは、余裕みたいな感じでした。

誰かの悪口を言うわけじゃないんだけれども、総北も箱学もみんなレギュラーの人たちは、天才みたいに見える。実際天才的だし、なんだか私たちとは違う人間なんだなと感じる時がある。山を登るのが楽しすぎるとか、勝負を楽しんでいることとか、練習もきつそうだけれども、楽しんでいることとか。結局才能があるんだなあと思う時がある。でも、あなたの考え方が本当にとても普通だなって思う時があって。いろは坂で争っている時に、「布団きもちー」と言ったあなたの言葉、親近感というかそうだよねって思いました。疲れたら布団で休むのが1番。そりゃみんな思うだろうけど、なんとなくみんなはずっと自転車のこと考えたりしてて休むこととか考えてなさそうみたいに思っていたから、そうやって、しかもレース中に考えてしまうあなたは本当に普通の人なんだなと思ってしまいました。

そう私が思った、普通のあなたは、あのいろは坂の山岳ラインの手前で立ち止まりました。その数秒前まで、この景色一生忘れないって言っていたあなたが。私はあなたがそんな風に喜んでくれて、努力が報われた瞬間だと思って涙しました。そんな奇跡みたいな瞬間だったのに、数秒後に立ち止まれちゃうんですか。驚いたし、すっごく動揺しました。それは、全然普通じゃないです。かっこ良いことで、ええかっこしい感じすらあるけれども、でもあなたはどこまでも自分に厳しくて、自分の手で山岳を取りたかったんだろうなとも思いました。ここまでしてきた努力が、ちゃんとフェアな形で報われて欲しいし、私もそういった瞬間が見たいとその時思いました。結果的にいろは坂は真波山岳さんが勝者になったけれども、ずっとずっと欲しかった1番を、フェアな状態で自分の手で掴みたいと思う気持ちは、どこまででも真っ直ぐで。そんなあなたの努力が報われる瞬間が来ることを心から祈りました。

杉元くんも途中口にしていたけれども、当たり前のことをやることは難しいです。筋肉があったり、元々才能があったり、自分の走りを貫いたり、他のみんなの色んな走りを見てみんな努力してきたのは知っているけれども、馬鹿にするわけでもなくどこかファンタジーみたいな超技術みたいなそんな風に思っていました。そんな中、あなたは当たり前のことをコツコツとやっていました。カッコいいことが出来るわけじゃない。かっこよくて勝てたらきっとそれは楽しいことでしょう。でも、負け続けてもあなたは自転車に乗っている。辞めようと思ったこともあった。きっとそれは何度もあったんじゃないのでしょうか。でも、それでもあなたは自分自身の選択で自転車に乗っている。自分自身の力で、ひとつひとつ丁寧にやると決めている。それは尋常じゃない心の強さです。そして、そうやって一見地味で、いつもきつそうに自転車を漕いでいるのに、あなたは自転車が好きと言います。それって、本当に本当に本当に自転車に乗ることが好きで堪らないんだと思います。勝つと嬉しいし、突拍子も無いスピードが出て派手でかっこいいのならそりゃ、楽しくてしょうがなくて夢中になるでしょう。そうじゃないあなたが、きつそうでコツコツとペダルを回してるあなたが、自転車が好きと言うのです。どんだけ楽しいんだその自転車ってやつは。ロードってやつは。そう思ってしまいました。私がロードに乗ってみたいと心底思ったのは、あなたのそういうところを見てからでした。

<以降アニメ最新話より先、単行本のネタバレ有>

あなたがそうしていろは坂を僅差で負けた時、倒れそうになって本当に倒れてしまうのではないかと思いました。IH2日目に、悠人君に抜かれた時に、今泉君がキレて、私もちょっぴり不安になりました。そういうところを見ると、やっぱりいつか駄目になってしまうんじゃないかって、そう思いました。でも、仲間に支えられて、ここまで来ましたね。

チーム2人がIHで走ってお得意のボトル渡しを見てる時、既に2人の夢は叶っているんだなと思いました。あんなに心焦がれたIHの舞台で、2人で走っている様子は夢みたいな時間だったでしょう。2年生の時の合宿の時には想像もつかない光景でした。普通のあなたは、きっとそれが出来ただけでももうリタイアしてもいいかなって思いが湧いたときがあったんじゃないでしょうか。

広島とやりあった時も、てっきり青八木さんが勝つのかなと思っていました。でも、2人で信じ合って勝ったのはあなたでしたね。沢山の勝負に色んな人の力を借りながらではあるけれども、でもあなたはあなた自身の足でペダルを回して、そうやって進んで来た。それは紛れもない事実です。

3日目のIHでは、早々にリタイアするのかなと思っていました。ああ、ここでリタイアかなと思っていた時に、進み出したあなたは満身創痍で。嘘だろと思いました。沢山の夢が叶って沢山の勝負をして乗り越えてここまで走って来たあなたは、自分よりも強いと信じている2年生メンバーに託して、もういつ倒れてもいいと思ったんじゃないでしょうか。それでも、前に進めるなんて、気力なのかなんなのか私にはもう分からないぐらいすごくて。根性で走っているあなたのその走りに泣いていると観客も応援していて、心が震えました。きっと誰もがあなたのそのがむしゃらで、でも前に進む、前だけを見ている走りに心打たれたと思います。

<ここから先、単行本以降のチャピオンのネタバレ有>

葦木場君との戦いは、きっと嬉しくてしょうがなかったでしょうね。中学の頃の夢ですもの。あんなにきつくてきつくて登って来ていつ倒れてもおかしくないあなたは、ずっと漕いで漕いで漕いでペダルを回して進んでいましたね。中学の頃から何度も何度も何度も負けたあなたがまだ乗っている自転車は、本当にきつそうででも楽しそうでした。気迫だけで登っているようなそんな光景でした。

知ってますか、坂道って漕がないと進まないんですよ。知ってますよね。でも、それをずっとやっているんですよ。どんなに頑張っても勝てないと思った。私は、何度もあなたはキャプテンだし、平凡だし、キャプテンとしてみんなをまとめられればいいんだろうと思っていました。でも、あなたはずっとペダルを回して進んで来た。

平凡とか普通とか努力とか言いながら出来レースじゃんとか言う人もいるかもしれません。でも、私はここまで来るのにずっと漕いで進んで来たあなたのことをそんな風に嘲笑することなんて出来ません。あなたが進んで来たこの道は、全ては見えないけれども、でもしっかりとあなた自身で進んで来た道で。それを、結局平凡なんかじゃねーんじゃんみたいに笑える人に私はなりたくない。ずっとずっとずっと努力して来たんですね。ここまで。

努力、友情、勝利。違う漫画雑誌のテーマだけれども、あなたはそれを地でやるような人です。そんな人いないです。

いろは坂での勝負を見てから、フェアな戦いであなたが勝利する光景を見たいと思ってました。あなたがきつそうにしたり、大変な勝負をしたりする度に何度も諦めました。でも、私が諦めていても、あなた自身が諦めかけた時もあったかもしれないけれど、結果的にあなたは諦めずにここまで来た。

夢見ていた、祈っていた、その光景は。あなたが山岳のラインを1番でゴールする光景でした。そして、あなたは自分の力で叶えました。

葦木場くんが手を伸ばした瞬間、1日目のゴールの瞬間のことを思い出して、リーチじゃ負けると思いました。でも、あなたはただ前にずっと進んでいたんですね。

ずっとずっとずっとずっとこの瞬間を見たかった。何年も待っていました。感動とかそんな言葉じゃ言い表せられない、ゴールしたあなたが手を広げている姿をずっと想像して、夢見て祈って来たこの数年。でも、誰よりもあなた自身がその瞬間を想像し、夢見たことでしょう。

あなたの夢はあなた自身が叶えたもので、ずっと戦って努力して手に入れたもので、あなたが掴んだものです。

本当におめでとう。そして、ありがとう。こんなに心を震わせてくれて。こんな気持ちにさせてくれて。

自転車を諦めないでくれてありがとう。いろは坂のあの時、倒れないでくれてありがとう。助けてくれた、小野田君ありがとう。ずっと支えてくれてきた青八木くんありがとう。陰ながら応援してくれたライバルの古賀くんありがとう。総北のみんな、先輩ありがとう。一生懸命戦ってくれた葦木場くんありがとう。みんなありがとう。

あなたが掴んだこの勝利は、あなたが手にした努力の結果で、才能が開花した瞬間です。あなたはきっとこれからも自転車に乗るでしょう。もう辞めるなんて言わないでください。ずっとずっとあなたの走る姿を見ていたいです。どんな形でもいいから。でも、誰から言われなくてもきっとあなたはずっと自転車に乗るんでしょうね。あの時辞められなかったから。辞めなかった自転車で、こんな勝利、こんな景色手に入れたら辞められるわけないでしょう。そして、大好きなんですもんね、自転車。

本当におめでとう。

そして、ありがとう。

あなたが見せてくれた奇跡がいつだって私の力になります。勇気を貰っています。

感謝してもしきれません。

本当に尊敬しています。大好きです。

これからもずっと応援しています。

2016まとめ

  • 音楽今年はポップスをメインに聴いてた

    The Chainsomkers
    今年といえば、この人達かと。メロウでクール、そして何度も聴きたくなる…

    AlunaGeorge
    今年のアルバム”I Remember”はめっちゃ良かった。AlunaGeorgeらしさもありつつ、ラッパーとコラボしているものも多いので、そのバランスが良かった。

    Ariana Grande

    このアルバムも相当良かった。

    Fifthe Harmony
    今年と言えば!

    Dean Fujioka

    Yuri!!! on Iceの主題歌

    Machinedrum
    Machinedrumがこんな曲を出すようになるとは。器用すぎる。アルバム全体としてすごくよかった。

    NKC
    ゴリゴリのノレるテクノ

    813

    やっぱり813のメロディーは何度も聴きたくなる

  • 映画

    今年は結構映画を観に行った。

    シン・ゴジラ
    最高。何度も観たくなる。日本頑張れという気持ちになった。観てて励まされる。

    君の名は。
    元々の新海ファンの自分としては、さほど。でも、絵が綺麗だった。

    PA
    インド映画。宗教というインドでは難しい題材を扱いつつ、平和な気持ちになる。

    ファンタスティックビースト
    元々のハリー・ポッターの映画よりも良かったんじゃないか!?と思う。原作ファンなので、映画だと詰め込んだ感があったので。映画のために作られた話なのでバランスが良い!

    ローグワン
    あんまり期待してなかったけど、良すぎてまだ興奮冷めず。
    ダースベイダーのかっこよさに痺れたし、スター・ウォーズの4を観る目が変わる。
    最後本当に号泣だった。

  • アニメ・漫画

    今年はハイキュー!!にハマった。あと引き続き弱虫ペダルを見返したり。
    楽しみにして観ていたアニメは、Yuri!!! on Ice。やっぱり熱いアニメは良い。
    あとハンターハンターの最新刊があまりにも面白すぎてやっぱり描けば天才だと思った。ゆっくりでもいいから描き続けてほしい。

  • 英語

    今年は、Youtubeで色々な動画を観て日常に英語が溶け込んできた感じだった。点数がやっと860点になりました。

  • ボードゲーム

    別記事でまとめました。こちら。 

  • 日常他

    ・バレーボールサークルに入りました!約10年ぶりのバレーでまだまだ下手だけど、楽しい仲間に恵まれてできるバレーは楽しい!でも、秋に怪我。少しずつ筋力つけて戻さねば。
    ・仕事がつらすぎてつらい年だったけど、ようやく異動できて楽しい毎日。前の現場の同僚が好きすぎて、時々会いたい。

    ・あんまりおでかけできてないかも。ボドゲやりすぎた!笑

    来年はもっとおでかけもしたいけど、ボドゲもやりたいな〜!

<和訳>ヌテラ・クランチ・ケーキボール

以下のページののレシピ部分の和訳です。

Nutella Crunch Cake Balls

 
留意点:
ヘーゼルナッツを焼き、皮を剥ぐ為に、ヘーゼルナッツをベーキングシートまたはオーブン用のプレートに並べ、170~180度ぐらいで12〜15分ほど焼きます。
5分ごとに転がしましょう。ヘーゼルナッツのにおいがしてきたらOK。皮がひび割れて、つやつやしてくるでしょう。
オーブンから取り出し、キッチンタオルでナッツをくるみ、5〜10分ほど冷まします。
その後、キッチンタオルでナッツをきつく包み、勢い良く握ります。皮はほとんど取れ、粉々になるでしょう。

準備において重要なのは、ケーキボールを作ることです。
以下のものも準備しておきましょう。
カットされたクッキングシートを敷いたオーブンプレート、スプーンで掬ったケーキボールを乾かすためのクッキングシート、キャンディーコーティングのための電子レンジOKのボウル、スプーン、フォーク、爪楊枝。

ヌテラクランチケーキボール
(3ダース(36個)分)

材料

ケーキ用:
スポンジケーキミックスの作り方に沿って作ったチョコレートケーキ
(もしくは、あなたのお好みのチョコレートケーキの寄せ集め。でも私は、ケーキミックスで作ったものがこのレシピには合うと思うわ)

アイシング用:
バター(柔らかいもの) 1/4カップ
ヌテラ もしくは チョコレートヘーゼルナッツのスプレッド 1/2カップ
バニラ 小さじ1/2
粉砂糖 1/2カップ
牛乳 小さじ1-2 (※厚めのアイシング場合のみ必要)

仕上げ用:
板チョコレート(chocolate candy coating (もしくはalmond bark)の1パッケージと記載がありましたが、日本なら板チョコ3枚くらいかな?)
ヌテラもしくは チョコレートヘーゼルナッツのスプレッド 大さじ1
焼いて砕けさせたヘーゼルナッツ 1/4カップ
 
作り方

ケーキ:
ケーキミックスの手順通りに、33センチ×22センチのスポンジケーキを焼きます。
完全に冷まします。
 
アイシング:
ヘラを使い、ミキサーにバターとヌテラとバターを入れ、滑らかになるまでよく混ぜます。
バニラも入れ、よく混ぜます。
慎重に粉砂糖を入れ、底のほうでよく混ぜます。
この時点で、アイシングを厚くしたい場合は、牛乳を入れます。
これは店で買うようなアイシングやチョコレートガナッシュのように、柔らかくするために必要な過程です。

ケーキボール:
ワックスを塗ったベーキングシートもしくはクッキングシートを切り、オーブンプレートに敷き、準備しておきます。
 
フォークを使って(または手で)ケーキをちぎって、ケーキのかけらを大きめのボール等に入れていきます。
アイシング約半分をケーキのかけらにかけていきます。
この生地が、Play dohのように(※粘土のおもちゃ)崩れずに丸められそうか試します。
試した結果を見て、必要な分だけアイシングを加えます。
その後、最低30分冷蔵庫で冷やします。(前日の夜から冷やしておいても可)こうすることで、丸めるのが楽になります。
手を使い丸めて、3センチほどのボールを作り、ベーキングシート(もしくはクッキングシート)に置いていきます。
終わったら、冷凍庫に30分ほど入れ冷まします。(ここの手順はなくてもOKですが、ボール形を保ち、チョコレートが中に入り、コーティングがこぶだらけになるのを防ぐには、ここで冷やしておいた方が良いです)
  
ケーキボールを冷やしている間に、板チョコレート半分を小さいボウルに入れ、電子レンジで温めます。溶けるまで30秒毎に混ぜます。
ようやくチョコかけの時!
ケーキボールのコーティングは芸術です。ケーキボールの見た目が完璧じゃなくても、気にすることはありません。練習が必要なのです。
私の場合は、何度も試して成功する方法を見つけることができました。見た目が悪くても、味は魔法のよう。約束するわ。
ケーキボールをチョコレートを溶かしたボールに入れ、スプーンを使ってコーティングしていきます。
フォークを使ってケーキボールをチョコレートソースから引き上げ、 ボウルの縁を叩き余分な部分を除きます。
爪楊枝を使い、優しくベーキングシート(もしくはクッキングシート)の上に戻します。
気をつけてほしいのは、ケーキボールの底のほうから押し戻すということ。そうすることで、コーティングを崩さずに済みます。

全てのケーキボールのコーティングが終わり、コーティングが乾いたら、板チョコレートを半分くらい(原文は1ブロック)溶けるまで電子レンジで温めます。
それを大さじ一杯のヌテラとかき混ぜます。
ビニール袋にそのソースを入れ、ビニール袋の角を切ります。
ビニールから2、3回ケーキボールにソースをかけ、砕いたヘーゼルナッツをチョコが乾ききる前に散らします。
 
完全に乾かし、チョコレートソースの余分な部分を取り除き、キャンディーカップ(もしくはミニマフィンカップ)によそって、振る舞いましょう。

受け入れるということ

私は特発性過眠症という病気を患っています。特発性過眠症とは→wikipedia

要するに夜どんだけ眠っても昼間眠くて眠くて耐えられない病気です。有名な過眠症にナルコレプシーがありますが、これの判定の中にあるものに当てはまらない場合この病気と判定されることがあります。

私がこの病気という判定を受けるまでには8年ほどかかっています。この病気はあまり知られておらず、お医者さまでも専門の方しか知りません。またこの病気は治りません。

私は中2ぐらいまで22時には寝る生活をしており、受験生になった中3くらいから0時ぐらいに寝る生活になり、そこから昼寝が多くなりました。高校は5時半起きだった日もあり、授業中はほとんど寝てました。しかし、それは故意に寝てる授業もありましたし、いつの間にか寝てる授業もありました。そして受験生となった高3の時、模試でも起きていられないことがありました。受験勉強のために朝8時に塾に行き、夜8時ぐらいまで塾にいましたが、勉強できたのは5時間くらい。一応補足しますが、きちんと受験に対するやる気もありました。しかし、本当に起きられませんでした。特に苦手だったのは長文読解で読んでいると手が止まるのでいつの間にか寝てました。そのせいで秋の模試で寝てしまいショックでパニックになり過呼吸になったりしていました。その頃病院にも行ったのですが、ナルコレプシーの判定が出なかった為病気ではないという診断をされました。よって、大学受験のセンター試験では薬局に売ってあるカフェインが沢山入った眠気止めを飲んで受けました。割と眠らずに受けれたと思います。
その後大学に入り、大学の授業も起きれずに先生から「Must not sleep」と言われたり、「あなたは就職できない」と言われたりもしました。ニュージーランドに留学した時はホストファミリーと暮らし規則正しい生活をした為、毎日8時間睡眠でしたが授業で起きれずに、他の留学生に笑われていました、

それでもなんとか就職したものの、現場が暇だったのもあり、眠りまくるため、病院に行きました。この時はむしろ病気と判定されなければ、自分の怠惰だということになってしまう。病気だとわかれば薬も飲めるだろうし…と思っていました。

そこで、日本で最も睡眠に詳しい病院の1つである代々木にある睡眠総合ケアクリニックに行き、「終夜睡眠ポリグラフ検査」を受けました。これ、30,000円する検査で夜20時から翌日6時くらいまで夜間の睡眠の状態を見る検査です。顔とか頭になんかセンサーつけられる。

そのあと検査名は忘れましたが、きちんと夜間の睡眠が取れている状態で、昼間横になってどのくらいすぐに眠ってしまうかの検査としました。4セットやったけど、大体10分くらいで眠ってました。

この2つの検査により、特発性過眠症だと診断されました。
職場では先輩に怒られたり上司に相談したりして、今は理解がないわけではないです。仕事中に居眠りをしていてよいと思ってるわけではないけれど、なんというか理解を得られないと嫌味とか悪口言われたりするのでつらい。同じ会社の別の方でナルコレプシーの方がいるんですが、私より居眠り量が多く、病気だと皆知ってるのに「寝すぎでしょ恥ずかしい」とか悪口言ってる。私は何とも言えないなあと思うのですが。

そこで、なぜこんなことわざわざ書いたのかと言うと、やはり理解されないってつらいことだと思います。特に「眠れない病気」ならまだ分かるけど「眠ってしまうか病気」ってなかなか難しい。仕事中に眠いって誰でも感じたことあってそれを我慢して頑張ってるのに、病気って甘えじゃない?と思われることもある。

でも本当に無理な時は無理。私は薬も飲んでいますが、それでも眠ってしまうときもあります。コーヒー飲んでも眠ってしまうときもあります。うとうとしたら立ち上がって顔を洗ってこいと言われますが、うとうとして葛藤する時間がほぼない。気づいたら寝てる。そんな感じです。

この病気の人は周りの理解が得られずにうつになってしまう方も多いと聞きます。病気なのに自分でも「甘え」なのではと考えて自分を追い詰めてしまう人もいます。

勿論ら病気だもいうことに甘えて自分で努力しないのは違うと思います。定期的に通院して、薬も飲んで、毎日きちんと夜は睡眠を取る。眠い時は歩いたり何か飲んだりする。
ただ、この病気になってから思ったけど、人と違うことって誰にでもある。あの人は皆と違う!おかしい!って追い詰めるのって何だか違う気がする。病気だけじゃなく。あの人が〇〇してるのは何か事情があるのかも。あの人が△なのは何かがあるのかも。そうやって自分とは違う人のことも受け入れていくのが大切なんじゃないのかなあと思います。

こだわりがあって許せないことがあるのも分かりますが、もっと色んな人の色んな部分受け入れて、かっかしないで生きていけたら、皆しあわせなのになあ。
因みに今回は運転免許の更新の際のアンケートで、「日中活動中に眠ってしまうことがある」というものに〇をした為、診断書をもらってくるよあに言われ、病院に来たら検査を受けてもらってオッケーじゃないと診断書は書けないと言われた為検査を受けています。

覚醒維持検査というものでこれも30,000円。高い。内容は、暗がりの中ベッドの上にある座椅子に座って約45分×4セットやりどのくらい起きていられるか測定するもの。

これって免許更新するたびに受けなきゃいけないんだろうか…(遠い目)

昔は眠ってしまう自分を責めていましたが、今はなるべく受け入れて責めたりしないように心がけています。心まで壊れたら大変だもの。そうやって色んなこと受け入れていけたらなあ。