いつか書こうと思っていた話(熊本の地震のこと)

特に何かを誰かに訴えたいとかではなく、どちらかというと自分の思った事とかを忘れないように書いておこうと思っていて、でもなかなか書けずにいたことです。

私の地元は熊本県益城町です。益城町は、熊本市の隣にある人口3万人くらいの町で、観光地はほぼないですが、熊本市の隣町としていわばベッドタウン的な感じで住宅が立ち並ぶ町です。また田んぼも沢山、山もあるみたいな自然が豊かなところでもあります。熊本に来る際に大勢の人が訪れる阿蘇くまもと空港は、益城町にあります。(滑走路は菊陽)熊本市との合併も住民投票により反対となり、まだ益城町としての形を残している、そんな町です。かの有名な観光地である阿蘇と熊本市の間くらいにあると思って貰えれば分かりやすいのかなあと思います。

その町には小学5年生の頃に転校でやって来ました。前にいた福岡県の高田町(現みやま市)が好きだったので、転校した当時は都会に来るのは嫌だなあと思っていました。今から思えば、益城町も田舎なのですが、当時の私にとって小学校のクラスが1クラスじゃないというのはそれだけで都会だったのです。

毎年夏に行われる夏祭りでは花火が沢山あがり、実家からでもこんなに綺麗に見ることができます。

2年前のあの日、弟から連絡があり、すぐにTVをつけたところ、益城町の役場が映っていました。自分が住んでいた目立たない町の役場が映っているのは変な感じでしたし、ずっとそこを映しているので、そわそわして落ち着きませんでした。

親に連絡したところ無事のようでした。次の日に自分が高校生まで住んでいた部屋が散乱状態となっていた写真と、頑張って片付けたという写真が母から届き、そうして暫くして電気が来たとかそういった連絡があり、ほっとしました。

そしてその日の深夜にまた震度7の地震が来ました。益城町は日本で唯一震度7を2回受けた町になりました。

その後もTVはずっと熊本地震のことばかり。映るのは自分の通学路、通っていた小学校、遊びに行くときに通っていた道…。友達はみんな生きていましたが、家が半壊、全壊は多く、避難所にいる子も多くいました。気が気じゃない中フェイスブックには、審議がよくわからない情報が沢山乗って来て、意味不明な状態。

私はこんな投稿をしました。

暫く経って、ゴールデンウィークになり、地元に帰りました。迷惑になるのであれば行かないと伝えたところ、会えるだけで嬉しいし何も持ってこなくて良いとのことでした。

両親は暖かく迎えてくれました。家の中は、電気がない時用にキャンプの時のランプが出ていたり、水道水を使わないように、ジェルの手を洗うやつが置いてあったりしました。

両親からは沢山の話を聞きました。私の母校の小学校の前にマスコミの車が押し寄せて、本当に大切な車が通れなくなっていたこと、マスコミのヘリコプターがうるさくて、町内放送が聞こえづらかったこと。両親は医療関係者なので、その時の大変な話、本当に必要なものはなによりも水。仕事中、治療等で駆け巡っていた忙しい訪問看護師の母の元に電話が来て、「全国の人にわかって欲しいこと伝えたいことはありませんか!?」と言われ、「お湯が欲しい」と言って、電話を切ったこと。親戚のおじさんが水を持ってやってきて、その後の水汲みの行列について来るも、母を何も手伝わなかったこと。

マスコミが”悲惨さ”を伝える”画”を撮ろうとしている中、どれだけの人が本当に苦しい思いをしているのか、迷惑をしているのか。そして、被災地にやってくる偽善者。

いろんな嫌な感情が蔓延っていることが、地震でわかってしまう。

それでもそんな中、両親や友人たちは必死に生きていて、自分のことだけでも大変なのに沢山の人を救おうとしている。泣き言とか誰も言わない。

後程会った親友は、2週間お風呂に入れなかったけれども、仕事にはずっと行っていました。レンタカー屋さんなので、車中泊をする人が借りにくるからと。

弟はボランティアに行っていて、力のない私は家で拭き掃除とかしていた。特に出来ることないなと思いながら、夏が始まろうとしている五月の日差しを浴びながら、家から見える住宅街は静かだけれども、ブルーシートがかけてある。

中学校までの道を両親の車で走った。殆どの家が全壊で、知っている風景はなくなっていた。自分で訪れてもなお、現実感はありませんでした。

「嘘みたいでしょ」と母が言って、「うん」としか言えなかった。TVとか映画とかそういうのでしか見たことのないようなものが沢山地元に溢れていて、全然現実とは思えない。

例の母校に配給があったらしく、母と向かい、パンなどを貰いました。みんなやってきているし、体育館の中には人が沢山。マスコミは漸く避難所の中に入るのをやめた(禁止された)ようで、その時は落ち着いていました。

夜は両親と私が好きなボードゲームをしました。ワンスアポンアタイムを両親が気に入って何回も遊びました。楽しそうでなによりで。別に来た時にも疲弊してるなあという感触はありませんでした。

ただ母から「お父さんがまたあのボードゲームやりたい!あれやってると頭使うし、地震のこと忘れられるって言ってたよ」と言われた時や、実はニュースに地震の話が多すぎて1日数分しか見ないようにしていること、そういうのを聞いた時に、私には絶対に理解出来ないつらさがあると思いました。

また時が経ち、その年の年末に実家に帰った時に、家が半壊したピアノの先生に会いました。益城町は真ん中に熊本市から続く県道が通っており、その南と北で被害が全く違っていました。私の家は北側で被害は少なく、友人やピアノの先生は南側。南側は全壊、半壊が多い。そのピアノの先生は仮設住宅で暮らしているらしく、会いに生きました。カフェでお茶をしていろんな話をして、仮設住宅の中のお店を見てから帰りました。その後に年末に会う人とも地震の話が多かった。

初詣。小学生の頃お世話になった木山神社は費用がなく、全壊のまま。その周辺は殆どが更地。

益城町から離れて阿蘇まで行くとあの有名な阿蘇神社は、本社がなくなっており、そこにみんなお参りしていました。

そして、去年の年末兼今年のお正月。

阿蘇くまもと空港から実家まで帰る途中の道は知った道ばかりで、ここから今日は曲がるのねと思っていたら全く知らない場所に出ました。「あれ、ここどこ?」と聞くと、母が「ああ、そっか、ここは〇〇の前あたりよ」と言って驚いた。そこは何度も行ったことがある場所なのに、面影すらなく、全く知らない風景になっていた。自分の思い出の中の益城町が消えていっているんだなと思いました。

再び初詣に訪れた木山神社。まだ取り壊しもされていない。

私は地震があってからこの足で町内をさほど歩いていない気がする。そもそも、大学で実家を離れてからあんまり歩いたりしていません。

なんだか被害が大きい地域を歩く時に、どういった気持ちでいればいいかわからなかった。被害が大きいなあと見物のように行くのが嫌だったし、可哀想と他人事のように思うのも嫌でした。

今はどれくらい知っている景色が消えて、新しい景色が出来ているんでしょう。新しい景色になっているということは頑張った人がいるということなんだよね。

震度7の怖さは経験していない人にしか分からないと母に言われました。なので、色んな話を書いたけど、私には分からないことだらけです。

私には、地震に怯える恐怖も、あるジャニーズが母校に来てくれた喜びも、震災後にずっと出てこなかったくまモンがやっと出て来たときの喜びも、そしてそのくまモンに会えて思わず抱きついた父の気持ちも、本当の意味ではずっと分からないんだと思います。

ただみんな、本当にみんな頑張ろうって言っていて。すごくまっすぐな言葉だけど、「頑張ろう熊本」って色んなところに書いてあって、皆も言っていたり、言わなくてもなんか言葉の端々から感じるそれにこっちが勇気付けられたりした。みんな頑張ってるから頑張ろうみたいなそんな空気がありました。だから、すごく捻りのない言葉だけども、「頑張ろう熊本」って見ると泣きそうになる。

東日本大震災のときもずっとどこか遠くの世界の出来事だと思っていました。でも、突然それは自分の身近にやってきました。そして、きっと地震本来の辛さだけじゃない様々な気持ちが混ざって皆生きていることが分かりました。

地元が地震で大変で、つらいとかそういうことを言いたいんじゃない。熊本に来てとか、ボランティアして、とかそういうのじゃないんだけれども、自分の中でとても衝撃的なことだったので、忘れないうちに色んなことを書いておきました。

Published by

ohanachann

http://ohanachann.strikingly.com/

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